現在の山車は天保年間(1830〜1844)に建造され、明治43年(1910)に前壇の改修.大正6年(1917)にも改造されています.
堂山蟇股(かえるまた)や上山は漆塗・極彩色に彩られ乙川の古い形態を今にとどめる山車です.
上山天井(皿天)は早瀬長兵衛による龍の彫刻で、これも彩色されています.
宝暦5年(1755)に岸幕善兵衛により建造されたという旧車は、明治36年(1903)に美浜町河和中組に譲渡され現存します.(前山などの一部譲渡だったとも)
明治中期頃から途絶えていたからくり人形「役小角大峯桜」が平成19年に九代目玉屋庄兵衛によって復活しました.
乙川まつりで南山が重要な役割を担うのが「龍神(水神)祈祷」です.
龍神祈祷は本楽(日曜)の夕方、祭りの最後に海に向かって行う神事で、入水天神に大祭が無事終了したことが報告するものです.
そのため乙川四山でこの南山八幡車のみは、山車の右後ろに龍神祈祷の幟を飾っています.
河和中組「汐吹車」 |
山車後部の御幣と龍神祈祷の幟 |
山車前部 |
側面 |
水引幕
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※森高雅(1791〜1864) 名古屋鉄砲町生まれで中村竹洞門下.大和絵や浮世絵を多く描いた.尾張の山車祭礼とも関わりが多く、尾張藩の命を受け名古屋東照宮の祭礼行列を描いた『東照宮祭礼絵図』や、天保12年(1842)に発行された『尾張名所図会』の挿図を小田切春江とともに描いている. また、水引幕の下絵も多く描いており、名古屋市下花車町「二福神車」の水引幕『金波怒濤』や、知多半島では板山大湯組「花王車」、上野間四嶋組の水引幕がある. |
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八幡社参道 |
平成19年坂上げ |
平成20年坂上げ |
平成15年坂上げ |
平成19年坂上げ |
平成21年坂上げ |
平成17年坂上げ |
平成18年坂上げ |
平成22年坂上げ |
平成20年坂上げ |
坂下ろし |
坂下ろし |
若宮社 |
若宮社 |
若宮社 |
シンガクの提灯 |
第6回はんだ山車まつり |
第6回はんだ山車まつり |