名古屋市中区若宮祭

10-03-03更新

名古屋の中心部を東西に貫く若宮大通(通称100メートル道路)に面して名古屋の総鎮守「若宮八幡社」があります.
近くに松坂屋、パルコやナディアパーク、あるいは道路を隔てて大須と、名古屋でも名だたる買い物スポットに囲まれた若宮八幡社界隈も鳥居をくぐれば喧噪が夢のよう.
三百有余年の歴史と伝統を誇る若宮八幡社の祭礼「若宮祭」です.

若宮八幡社

祭神は仁徳天皇、応神天皇、武内宿禰命(たけのうちのすくねのみこと)で、大宝年間(701〜704)に那古野庄今市場(現名古屋城の三之丸付近)に創建と伝えられます.


若宮八幡社拝殿

亀尾天王(三之丸天王社=現那古野神社)とならんで鎮座していましたが、慶長15年(1610)名古屋城築城の際に、神占によって現在地に遷座しました.(平成22年名古屋開府四百年と共に遷座四百年)
昭和20年(1945)の空襲で本殿とともに氏子町内の大半が焼失しますが、昭和24年(1949)に社殿は復興されています.
明治以後に氏子区域の変更が行われ、広小路以北を那古野神社、それより南から大須界隈までが若宮八幡社の氏子域となっています.

若宮祭の歴史


末広町「黒船車」
 (伊勢門水画・名古屋祭より)

中須賀町「寿老人車」と
   門前町「陵王車」

「東照宮祭」、「三之丸天王祭」とともに、名古屋三大祭りに数えられるのが「若宮祭」です.
若宮祭は寛文4年(1664)に始まり、寛文11年(1671)からは傘鉾が出て本格的な祭礼となりました.若宮祭に最初に山車が登場したのは、その3年後の延宝2年(1674)の事で、有名な末広町の黒船車など5輛の山車でした.
その2年後には、住吉町の山車と今回ここで紹介する大久保見町の福禄寿車が参加し、7輛の山車が揃うことになります.

当時の若宮祭は6月15・16日で三之丸天王祭と祭礼日が同じ事だった事から、この2つの祭礼を合わせて「祇園祭」と呼ばれました.
15日の試楽祭に山車は多くの提灯で飾られ、翌16日の本楽祭には旧社地であった郭内(名古屋城内)の三之丸天王社まで、御輿や7輛の山車を含む神幸行列が本町通り(江戸期の名古屋のメインストリート)を通り名古屋場内に曳き込まれました.また帰路は戻り車といって、夕方に郭内を曳きだして提灯を灯し三弦・摺鉦などを鳴らして帰り、大賑わいだったそうです.

明治維新後は神幸(神輿渡御)が中止され、山車のみの曳行となっていましたが、明治32年に再興.更に明治34年には祭礼日が現在の5月15日・16日に改められました.

昭和60年(1985)には途絶えていた那古野神社への渡御が復活しました.

若宮の山車


住吉町「河水車」

前述のように、往時は7輛の山車が揃っていた若宮祭でしたが、明治9年(1876)に三之丸天王社の遷座による旧城下の再編で、上玉屋町が天王社(那古野神社)の氏子となります.このため西王母車が天王祭に曳かれることになり、また下玉屋町の布袋車は古道具屋に売られ、後に有松(現名古屋市緑区)に買い取られました.

一方名古屋市内の山車がその多くを太平洋戦争の空襲で失ってしまった中で、若宮祭の山車も黒船車・寿老人車・陵王車・(西王母車)の4輛が神社や氏子町内の大半とともに焼失.
八幡社境内に山車蔵があったため焼け残った福禄寿車と河水車も、昭和22年(1947)に出来町(名古屋市東区)に売却されついに若宮から山車が消える事態となってしまいました.
しかし、その2年後の昭和24年(1949)に若宮八幡社が復興されるとともに、福禄寿車は再び当地に返車されましたが、若宮祭の山車はついに1輛のみとなってしまいました.

現在の若宮祭

返還された福禄寿車は若宮八幡社の所有となり、祭礼時に氏子8町内(末広町・裏門前町・南大津通り・矢場町・住吉町・鉄砲町・池田瓦町・門前町)が順に当番町をつとめることで運営されます.
5月15日の試楽祭には、若宮八幡社境内で囃子と山車からくりの奉納が行われ、夜は福禄寿車に提灯を飾ります.
翌16日の例祭日は、神輿とともに那古野神社(名古屋市中区丸の内)まで渡御が行われます.
注:祭礼年度によって福禄寿車の町内曳行が行われます.また那古野神社への奉曳が中止される場合があります.

■祭礼日
5月15日(試楽祭)16日(例祭)
■交通
名古屋市営地下鉄名城線矢場町駅下車
■見所
那古野神社奉曳、町内曳行、からくり人形

■山車詳細

若宮祭
福禄寿車
福禄寿車の山車彫刻
福禄寿車のからくり1
福禄寿車のからくり2
延宝4年(1676)

■現存する旧若宮祭山車

旧末広町先代「黒船車」 旧末広町河水車 旧下玉屋町布袋車
美濃市 名古屋市東区出来町 名古屋市緑区
相生町「舟山車」 中之切「河水車」 有松東町「布袋車」

■往時の若宮祭山車

末広町 上玉屋町 下玉屋町
黒船車 西王母車 布袋車
写真なし
戦災焼失 戦災焼失 有松に現存
中須賀町 門前町 住吉町 大久保見町
寿老人車 陵王車 河水車 福禄寿車

若宮八幡社境内の福禄寿車

提灯が灯された福禄寿車

若宮八幡社境内にはテント(祭宿)が町内毎に立ち並びます

那古野神社へ神輿が渡御

那古野神社は鳥居が低いため福禄寿車は境内に入らず
鳥居前でからくり奉納
参考資料:
「名古屋市山車調査報告書2」名古屋市教育委員会発行
「新修名古屋市史・民俗編」名古屋市
「名古屋祭」伊勢門水
古写真は「郷土の山車写真集」山田鉦七著より