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その組合せの由来は、百獣の王である獅子と百花の王である牡丹、つまり、猛獣と草花の王を並べたことによって生まれた図柄です。獣王といえば獅子を指し、花王といえば牡丹を指します。 山車彫刻でも唐獅子の背景には牡丹が配されることが多いです。また、鞠を持った獅子や獅子の子落としの場面でも牡丹は見られ、唐獅子に牡丹は定番と言えるほどの図柄です。 また、獅子は牡丹を食べて生きるともいわれます。また、能の石橋でも牡丹が咲き乱れる中を獅子が舞い踊る設定になっています。そうしたことからも、獅子と牡丹の組合せを伺い知ることが出来ます。 装飾彫刻ではなく、構造彫刻の獅子木鼻では牡丹を加えた獅子も見られます。亀崎西組花王車の前山や成岩南組南車の前山の獅子木鼻が牡丹を咥えた彫刻で、他の木鼻獅子とは、また違った趣を見せてくれます。
牡丹を百花の王で花王と言うことに触れましたが、山車で花王というと、亀崎西組の「花王車」が思い浮かびますね。 旧車を譲り受けた半田板山大湯組でも花王車の名が受け継がれていますから、古いようです。現存する旧車は知多北粕谷にありますが、牡丹の装飾は脇障子の「獅子の子落とし」に見られます。 では、西組のからくり人形に目を向けると、後の日の前棚人形が石橋獅子で牡丹が見られます。ただ、上山に目を向けると桜花唐子遊びがありますね。どちらかというと、花王はこちらの桜からきているのではないかと思います。 山車の前壇の御簾を始め、西組の法被などには桜紋が使われています。日本では、古くから花といえば桜を指し、日本人に最も馴染みが深い花でした。中国原産の牡丹より桜の方が、日本人にとって花王だったのでしょうね。 更に蛇足として付け加えるならば、製作年代は不明ですが、現西組の石橋獅子のからくりが旧車に乗っていたとすると、両脇の脇障子は獅子の子落とし、(獅子の子落としについての詳細は別項に譲るとして)からくり石橋獅子と彫刻の獅子の子落としは同一場面、同題材での話となります。 からくり或いは彫刻が意識して、付けられたならば、実に珍しい趣向となりますね。まあ、あくまでも推論ですが・・・。
雑学・牡丹鍋 牡丹鍋というと猪(イノシシ)の鍋料理を指し、猪の肉を牡丹と言ったりしますが、これは前項でご紹介したように、獅子「シシ」と猪「シシ」と同音からで、獅子牡丹からきた、いわばシャレから発した物だそうです。私は牡丹鍋食べたことはありませんが、美味しいんでしょうかね。 半田亀崎西組花王車前山獅子木鼻「牡丹を咥えた獅子」 半田成岩南組南車前山獅子木鼻「牡丹を咥えた獅子」 半田亀崎中切組力神車蹴込「牡丹に乱獅子(透彫)」立川和四郎富昌 文政10年 東海大田市場組壇箱「唐獅子に牡丹」 阿久比大古根蹴込「牡丹に唐獅子」有馬要治平成4年 美浜布土大池山王車蹴込「唐獅子に牡丹」 藤原弘陽昭和24年 武豊大足蛇車檀箱「牡丹と唐獅子」平成6年 半田亀崎田中組神楽車大幕 「猩々緋に牡丹に唐獅子の刺繍」(福田翠光下絵) 半田成岩北組成車大幕「緋羅紗地に唐獅子と牡丹」 大府横根南組水引幕 「唐獅子に牡丹」 常滑旧常滑山方常山車水引幕 「白羅紗地に唐獅子牡丹」 |
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