[尾張の山車まつり]−[祭吉の山車祭講座][雨覆]

第89回 雨覆

下半田・中組「祝鳩車」
 祭が近づいてくると気になりだすのは天候です。こればかりは自然現象ですから人智ではなんともなりません。朝から本降りの時は山車の曳き廻しは中止の地区が多いようです。下半田・成岩などはビニール製のカッパを山車に被せて強行?運行して行います。
 しかし、提灯を付ける宵宮は中止になるようですね。さて、山車の運行中にも雨が降り出す時もあります。屋根がついて家のような山車でも、その屋根は装飾的な物。雨は大敵です。大幕、水引などは水に濡れてしまうと縮んでしまいますから本当にやっかい物です。
常滑市小倉「小倉車」
 現在でこそビニールという便利な物がありますが、古くは格子状に組まれた骨組みに油をしみ込ませた紙を張ったものを山車に取り付けていました。これを「雨覆(あめおおい)」といいます。この雨覆、名古屋型の山車蔵でよく見かけます。(知多型では見たことがありません。ご存知の方お教え下さい。)
名古屋市「二福神車」
 ビニール製のカッパはコンパクトに収納でき山車に積め込めますが、木枠で組まれた雨覆は容積も大きく山車には積め込めません。それこそ昔は祭礼車(祭礼用品を運ぶ自動車)などありませんでしたから、人力で運んでいました。山車の後で担いで付いていくのです。雨覆を入れた箱は前後に逆U字型の金具が付けられていて、それに棒を通して前後で担ぎました。昔の箪笥などもこうした造りがされていましたね。ちょうど時代劇で見られる人を乗せる籠のような具合です。
 始めに書きましたが、この雨覆名古屋型山車では保存された物を見かけますが、知多型では見たことがありません。では知多型では雨の時どうしていたのか、以前に亀崎で石橋組が雨の時、紺色の薄い布で山車を覆っていたのを見た覚えがあります。知多型は布で覆って雨を防いでいたのでしょうか?
 
東海市横須賀「本町組」
現在でこそ山車の形にあったカッパが作られていますが、私の地元瀬木ではビニールハウスに使う物(棒に巻かれた長いビニールを山車にかけ、ガムテープでぺたぺたと張って繋げていました。見た目も大変悪かったです。少し前は大きなビニールシートを山車の上部、前後左右に紐で繋げていました。現在のカッパは数年前に新調したもので平面にすると十文字、山車の上から前後左右に垂らし、四隅にはチャックが付いており、チャックに繋がった紐を山車の下から引っ張り下ろすとスッポリ山車が覆い被さる造りです。透明のビニール製のカッパをつけても山車がよく見えていいですね。こうした立派なカッパはありますが、決して使いたくない物です。やはり、山車祭は晴れが一番です。
尾張名所図会「東照宮祭御祭礼」より

先ほどのページに戻ります   [尾張の山車まつり]−[祭吉の山車祭講座][雨覆]