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![]() それでは塩による祓いを考えていきましょう。古くから何かのけじめをつける時には「水に流す」といった表現が使われますがこれはこだわり、執着を水に流す。つまり、こだわらない、執着を引きずらないことです。いろいろなものごとをこだわり、引きずって悩み続けることは大きな穢れ、今で言うストレスがたまる一方です。そうしたこだわりは早くなくした方がいいですね。 神道の行事で六月と十二月に半年づつの罪穢れを祓う「大祓式」という行事がありますが、そこでは紙で作った人形に罪穢れを移し川などに流します。そうして祓うのですが川は海に通じ神様が穢れを祓ってくれるのです。祝詞にもそうした内容が書かれています。 ![]() 各地の山車祭りにも塩で祓う光景がみられますね。山車を曳きまわす時に山車の前方で塩がまかれます。神聖な山車が通る道を清めるためです。大谷の祭りなどは非常に大量の塩がまかれます。見物してて塩がかかってしまった人もいるのではないでしょうか。 大量にまかれ空中を舞う塩はとてもきれいですね。これは見た目による祓いに通じるものがあります。山車の上からまかれる紙吹雪はきれいですよね。神道でも切麻といって紙と麻を細かく切ったものをまいて祓いますが、きれいだなと思わせるのが見た目による祓いです。きれいなものを見ていると何か悪いことも忘れてしまいそうです。 料亭の玄関に塩が盛られていることがあります。清める意味もあると思いますが、元々は客寄せのためだったそうです。古く牛車を使っていた頃、塩分を欲しがった牛が盛り塩をなめるため玄関前に止まってしまう、そうして客が店にはいったとか。そんな説を聴いたことがあります。 山車祭りでは様々なことで人々の心の穢れが祓われます。塩以外の祓いも別の機会に紹介したいと思っています。 |
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