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第20回 ハンド綱

 ハンド綱とは山車の運行の際、山車の揺れを少なくするためにつけられた 綱をいいます。
亀崎・花王車
収納した状態
(亀崎・力神車)
反動綱の字が当てられ、追綱とも呼ばれます。 このハンド綱は知多型山車独自のもので名古屋型山車には見られません。
 多くの場合、左右にそれぞれ一本づつ、水引のすぐ上、八枚虹梁の真ん中 に穴が空けられ、そこにつけられます。構造上、この部分は山車の 骨組みである堂山柱の梁の部分にあたり、山車の運行時に張られ、 特に方向転換する梶切りの時には重要な働きをします。また、 場合によっては曳き綱の補助としても使われます。
 それでは、山車によっては付け形や本数の違い等もありますので 紹介していきましょう。 付け形としては、ハンド綱を山車の中に収納できるものです。 半田市亀崎の山車等にみられます。ハンド綱に対し穴が大きく、神社等 で山車が置かれる時は山車の中に巻き込まれ隠されます。また山車の 運行時には出して使うのです。この場合、水引幕が良く見えることが利点です。
  これに対して、収納できないものがあります。半田市上半田等多くの 山車で見られます。この場合、ハンド綱には水引を保護するため 水引の当たる部分を布で覆います。これをハンド袴といいます。武豊町 長尾等では水引を良く見せるためでしょうか。山車の停車時にはハンド綱を 高欄の上に上げます。 半田市下半 田南組の護王車は八枚虹梁の部分が全面彫刻のため、 水引の下からハンド綱が伸びています。この旧車である美浜町布土上村の 護王車は四隅の堂山柱に付けられ計四本です。
 綱の本数としては四本の山車があります。先の布土の例もありますが、 亀崎の山車の場合は前よりの八枚虹梁にも穴が ありハンド綱がついています。 半田市協和の山車は通常は二本ですが、坂上げの時には水引の下から左右 一本づつ出し、計四本にします。不安定な浜に下ろしたり、急な坂を 上げたりする山車には四本のハンド綱が付けられるようです。 古い小型の山車にはハンド綱は見られません。山車が大型化するに よって発達し、地域の曳き廻しの事情によって本数が増えていったと思われます。
下半田・護王車 ハンド袴(上半田・福神車) 布土上村・護王車

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