尾張の山車まつりへ [横須賀まつり訪問記]−[68]


〜第68回〜

屋敷奉行の水野武兵衛が尾張横須賀の海で漁師たちの網にかかつたといふ不思議な鐘を叩くと、烏の化け物は余慶堂の中庭に落下したが、直ぐにその姿は煙のやうに消えて跡には小さい烏の死骸が一つだけ残つた。

「小さい烏の死骸?」
「うむ、普段その辺でよく眼にするやうな烏、その烏の死骸であつた」
「すると、その烏が大きな烏に化けてゐたといふ訳で?」
「うむ、落下した烏の化け物が突然消えたことを考へると、それはその烏が化けてゐたものと考へるのが自然であらう。予はその時、その前日農民たちが烏の化け物が例の烏之御宮の祠の中から飛び出して來るのを見たといふ話を思ひ出して、直ぐに烏之御宮に纏はる言ひ傳へのことを思つた。扉を開けて中を覗くと神烏(かうがらす)の怒りに触れて災ひが起きるといふ例の言ひ傳へのことぢや。言ひ傳へに逆らつて祠の扉をこじ開け、そのうへ、その中にあつた二体の菩薩像を火事で焼失させてしまつた、となれば、祠の中に祀られてゐる神烏が怒らないわけがない、烏の化け物が現れたのは神烏の祟りに違ひない、さう考へた。そこで、予は家來たちに命じて特別に作らせた立派な棺の中にその烏の死骸を収めさせると、その棺を烏之御宮の祠の中に安置させた。そして、丁寧なお祓ひをしてから再び強固な鍵を祠の扉に施したのであつた。といふわけだが、さうしたことが功を奏したのか、幸ひにしてそれ以來大きな災ひも無く、再び烏の化け物を眼にすることもなかつた・・・と、まあ、以上が予が覚えてゐる烏之御宮に纏はる不思議な事件とそこから現れた烏の化け物の事件のあらましだが、烏之御宮の言ひ傳への話がいろいろとあらぬ方に逸れてしまつて、話が随分長くなつてしまつたやうぢや、許せ。だが、神楽小僧とやら、おぬしは朝比奈義秀の怨霊とその怨霊が化けた大烏を見たといふことであつたが、もしそれが予が今話した烏の化け物の事件と関係があるといふことになると、これは一体どういふことになるのぢや、おぬしはその訳を知つてをるのか?」
「いえいえ、何しろ、オイラが朝比奈とヤツが化けた大烏を見たのは今日が初めてといふわけでして。そもそも、オイラたちは戸山公園に出没する幽霊の正体を探りに來たのですが、この廃墟となつてゐる協会の中で朝比奈の化けた神父に出くはしたり、先ほどのやうに幽霊か人形の化け物か判らないやうな得体の知れない唐子の集團に襲撃されたりと、思はぬ出來事の連続に、オイラも一体何がどうなつてゐるのか、さつぱり判らないといふわけで」
「さうか、それは災難であつたな。だが、解せぬことよなう、一体どうしてこの二十一世紀の世の中に朝比奈は怨霊となつて現れたのであらう? しかも因縁のある烏之御宮から現れた烏の化け物、その烏の化け物となつて現れるとは。烏之御宮の事件は一件落着したはずであつたが」
「要するにこれまでずつと迷はず成仏することができずにゐたといふわけですから、この世の中に余ほどの未練がある、何か酷く心残りになつてゐることがある、さういふことでせう。とにかく、悪いことをしてゐるのは確かなやうです。先ほどの唐子たちを操つてこの辺りに近づく人間を驚かしてゐるのです。そこで、戸山公園周辺には中国人の子供の幽霊が出るといふ噂が立つたといふわけでして」
「だが、特定の人に恨みがあるならともかく、一般の人々を困らせるやうな悪さをすることだけが目的で死んだ人間が怨霊となつて現れることはないであらう。そのやうな悪さをしてゐるのも、きつと、何か訳があるに違ひない」
「殿様、ひよつとすると・・・」
「うむ、何か判つたか? 申してみよ」

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