尾張の山車まつりへ [横須賀まつり訪問記]−[67]


〜第67回〜

市道元浜線で再会した神楽小僧と豆腐小僧は元宮に向かふ大門組の山車に附いて行くことにした.

「ふうーん、さうでやんすか。しかし、それは残念、明日の本樂を見ないで直ぐにお帰りとは」
「うん。だが、実を言ふと、オイラもこのまま祭りの試樂だけで満足して帰る氣にはなかなかならない。これで明日の本樂を楽しまなければ、それは高級レストランに入つたものの、前菜だけ掻き込んでメインデイツシユを食べないで出るやうなものだからな。なんとか明日までこの横須賀に居られる方法は無いかと、今考へてはゐるのだが」
小僧は夜になれば直ぐにでも横須賀を後にしなければならないのかと思ふと少し憂鬱な氣分になつた。そして、かうなればなんとしても祭りを最後まで見届けたい、さうでないと後できつと後悔するに違ひない、と思つた。
「アニさん、かう言つてはなんだが、そんな見込みの無い会社直ぐにでも辞めたらどうでやんす?」
「うん、オイラもそろそろ辞めようかと思つてゐるのだが、同僚の二福神舞子といふ女の子、これが社長の姪つ子なのだが松嶋菜々子にそつくりと言つてもよいくらいの可愛い子でな、ヘヘ、その舞子ちやんのことを考へるとなかなか踏ん切りがつかない、とまあ、さういふわけだ。お互ひ、女の子にはからつきし弱い妖怪と來てゐるから困つたものだな、へへ」

小僧と豆腐小僧は市道元浜線を練り歩いてゐる山車の列に追ひつくと大門組の山車を探した。すると、大門組の山車は元浜線の広い道路から狭い横道に入らうとしてゐるところだつた。『しやぎり』と呼ばれる軽快なお囃子が賑やかに流れる中、その山車は若者たちによつて威勢よく担がれ、そのまま方向転換されると、昔の漁師町の賑はひも無くなつて、今は只の閑静な路地となつた処に入つた。
小僧たちもそれに続いてその路地に入ると、山車は通りに面した家々を一軒一軒確かめるやうに進んだ。だが、そのゆつくりと進む様子には、歩き疲れたからワシはまう動きたくないと言つてゐる老人が、まあまあ、さう言はずに、若い者が力の限り引つ張るからなんとか進んで下されと言はれて、仕方が無い、年に一度のことだからまう少し頑張るか、その代はり後ろからもしつかり押してくれよ、などと言ひつつ、少しよろよろとしながらその歩を進めてゐる、そのやうな雰囲氣を感じ取ることが出來た。小僧は思はず頬を緩めた。
(山車も、それが建造されてから随分と経つてゐるから、人間で言へば老人、それも誕生日を二百回以上も祝つてもらつたやうな大老人だから、少し歩いただけでも疲れるのだらう、フフ)
しかし、山車は人間ではない。人間のやうに死ぬことは無い。破損したところは新しいものに取り替へられ、ガタが來たところはその都度修理されて生き続けることが出來る。
(オイラが今眼にしてゐる、このやうな山車の曳行はこれからも永く繰り返されるに違ひない。だが、それも祭りを続けようといふ意志のある人たちの存在が前提となるのだが・・・)
小僧がそのやうなことを考へてゐると豆腐小僧が言つた。
「この辺りも空き地が随分と眼につくやうになりやしたな。アツシがこの横須賀に最初に來た時はこんなふうではなかつたでやんすが」
「さうか。それは寂しいことだな。だが、それも仕方が無い。家も人間と同じこと、古くなれば取り壊される、死ぬ運命にある。そして、新しい家がそこに誕生する、さういふことだ。この辺りの空き地も今はぽつぽつと散在してゐるが、そのうち、それは周囲に広がり、一つの大きな空き地になつて、そこに大きなマンシヨンなどが建てられることになるのだらう」
「マンシヨンだつたらよいでやんすが・・・」
「どういふことだ?」

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