尾張の山車まつりへ [横須賀まつり訪問記]−[65]


〜第65回〜

市道元浜線で再会した神楽小僧と豆腐小僧の会話は続く。

「さうすると、とは、どういふことでやんすか?」
「いや、なんでもない、ヘヘ、ただ、そんな狭い処で山車を上手く操作する楫方の腕前を見るのも面白いが、上手く行かずに悪戦苦闘する顔を見るのもまた一興ではないかと思つてな、ヘツヘツヘツヘツ」
「アニさん、その笑ひ方はどうも妙でやんすが、ひよつとして、何か悪いことを企んでゐるのでは?」
「オイラがか?そんなことは無い。ただ、何かハプニングがあると一層面白いと思つてな、ヘツヘツヘツヘツ」
と、その時突然金属と金属が激しく擦れるやうな鋭い音が静かな空間を切り裂いて小僧の耳に突き刺さるやうに届いたかと思ふと、何処から聞こえて來るのか、ラテン調のリズムとそれに乗つたメロデイが破裂した水道管から噴出する水のやうに辺りに喧しく溢れた。
「おつと、携帯が鳴つてるやうで。ちと御免なんしよ」
と言つて、豆腐小僧がジーパンの尻ポケツトから取り出したのは最新の折畳み式携帯電話だつた。
「この着メロは吉幾三の『TOFU(豆腐)』といふ曲でやんして。アツシにぴつたりの陽氣で楽しい曲でやんしよ?」
「何が陽氣で楽しいだ!五月蝿いから早くそれを止めろ!」
と小僧が怒鳴ると、豆腐小僧はその携帯電話を操作してボリユーム一杯に流れて來るデジタル音を止め、それを大黒天の耳のやうな大きな耳に宛がつた。そして、どんな相手と話すのか、それ以上は崩せないと思へるほど顔を嬉しさうに崩しながら、氣味が悪いほどの猫撫で声を喉の奥から携帯電話に移す作業を暫く繰り返し、それが済むと、酷くニヤケた顔を小僧の方へ向けた。
「ケケ、例の新子ちやんからでやんして。晩御飯を御馳走してくれるといふ話でやんす。大門組の山車の元宮曳行を見たら、アニさんも一緒にどうかな?」
「いや、折角だがオイラは遠慮しておく。陽が落ちたら新幹線で東京に帰らうと思つてゐるのだ。明日は日曜日とは言へ、東京で勤めてゐる会社の仕事があるからな」
「さうでやんしたか。アニさん、会社勤めの身でやんしたか。それで背広を着てゐるといふ訳でやんすな。しかし、それは一体どんな会社で?」
「うむ、『山猫商事』といふ小さな商事会社だ。なに、商事会社と言つても社員は数人しか居なくて、少し強い地震が起きたらガラガラと崩壊しさうな池袋のぼろビルの一室に事務所を構へてゐるだけの、本当に小さな会社でな、扱つてゐる商品も『電動式団扇』とか『開運ふんどし』とか、どれもこれも山師のやうな社長の一時の思ひつきによるもので、さつぱり売れないと來てゐる。この間も『足裏のつぼを刺激するマツト附き脚立』といふ物を考案し、インターネツトにその広告を流したのだが全く反応が無かつた。漸く昨日になつて、祭りを主に追ひかけてゐる名古屋のカメラマンから一つ欲しいと注文があつてな、その時はみんなで万歳したくらゐだつた。そんないつまで経つてもうだつの上がらない会社だが、今度はゴキブリと白アリをすり潰した粉にニンニクを混ぜたものを精力剤として大々的に売り出さうと考へてゐてな、オイラはそのキヤンペーンを任されてゐて、明日都内のデパートでその宣傳をしなければならないといふ訳だ」

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