尾張の山車まつりへ [横須賀まつり訪問記]−[61]


〜第61回〜

小僧が元浜線で出逢つた怪しい老人の語る話も漸く終はることとなつた。すると、小僧の眼の前に突然現れたのが・・・

「アニさん!アニさん!神楽のアニさん!」
小僧が後ろを振り向くと、そこには頭だけが異様に大きい小学生くらいの背恰好の若者がニタニタ笑いながら一人で立つてゐた。ブルーのジーンズとピンクのTシヤツに黒のサンダルといふラフな身なりで、ヂーアイ風の短い髪はブロンドに染められ、両方の耳には大きいピアスが光つてゐた。一見して現代の若者のやうに思へたが、よく見ると、それは小僧も久しく眼にしたことが無かつたあの豆腐小僧ではないか。
「やつぱり、アニさんか。その一度見たら忘れられない風貌とミスター・ビーンのやうな歩き方から神楽のアニさんではないかと思つたら、ケケ、やつぱり」
「はあ?おたくさん、どなたです?オイラ一向に存ぜぬが?」
「またまた、ご冗談を。久し振りに会へたといふのに、そんなつれない言葉を聞くとは思つてもみなかつたでやんす。まさか、この豆腐小僧をお忘れといふ訳では?」
「オイラの知つてゐる豆腐小僧はいつも和服を着てゐて、そんな恰好をしてはゐなかつたはずだが。それに、金髪の豆腐小僧なんて聞いたことがないぞ」
「ケケ、この頭にこの恰好、意外とイケるでやんしよ。さう言ふアニさんも背広なんか着て一体どういふ訳でやんす?それに、一人で何処へ行かうといふつもりでやんすか?祭りの山車は反対方向だといふのに」
「なに?オイラは一人ではないぞ。そこに居るお爺さんと・・・」
と小僧は顔を後ろの方へ振り向けた。が、とぼとぼと歩いてゐると思はれた老人の姿がそこには無い。
「うん?お爺さんは?」
小僧はキヨロキヨロと辺りを見廻したが、人や自動車の通る影も無い、しんと静まり返つた市道元浜線の広い道路の真中には、豆腐小僧が怪訝な顔で立つてゐるだけで、先程まで一緒に歩きながら小僧に語りかけてゐた老人はいつの間にか小僧の視界からその姿を完全に消し去つてゐた。
(はて?これは一体どういふことだ。突然姿を消してしまふとは・・・)
「アニさん、一体どうしたといふのでやんすか?鳩が豆鉄砲喰らつたやうな、といふより、ブ×女に肘鉄砲喰はされたやうな、と言つたはうがよいか、そんな顔をして?」
「いやいや、なんでもない。それより、豆腐小僧、お前はどうしてこんな処に?」
「ケケ、アツシも香具師の仕事からはなかなか離れられんやうで、かうやつて横須賀までやつて來たといふやうな訳でやんす。以前、寅三郎兄さんの傳手でこの辺りを仕切つてゐる親方と知り合ひになつてな、それでこの横須賀へ來たことがあつたのでやんすが、祭りを見物させてもらひやした時に、その豪快などんてんとかいふ山車の曳き廻しや心に沁みるお囃子が忽ち氣に入つてしまひ、それ以來こちらの方へはちよくちよく來させてもらつてゐると、そのやうな訳でやんして、ケケ。そこで、明日の本樂には愛宕神社の近くに屋台を出すつもりでやんすが、その前に旅の疲れを癒してリフレツシユしようと、直ぐそこの天然温泉が自慢の風呂屋さんに今まで厄介になつてやしてな、いい氣持ちになつて出て來たら、アニさんを見掛けたといふ訳でやんす。アニさんもどうかな、そこの温泉で一度寛いでみては?露天風呂でゆつたりして、綺麗なお姐さんにマツサーヂ※1でも頼んだら、そりやまう、夢見心地、見も心もさつぱりすること請け合ひでやんす。アツシは英国式なんとかマツサーヂといふのを頼んだのでやんすが、足の裏をコチヨコチヨされてな、くすぐつたいのなんの。あれだけは止めておいたはうがよいでやんす」
「ふうーん、豆腐小僧、お前がこの横須賀にちよくちよく來てゐたとはな。さては、何かあるな。祭りが氣に入つただけで、東京に住んでゐるお前がわざわざこの横須賀に來るとは思へんが」

小僧注

※1

ヒーリングラウンヂにはいろいろなマツサーヂのコースが設定されてゐるさうな。


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