尾張の山車まつりへ [横須賀まつり訪問記]−[57]


〜第57回〜

小僧が市道元浜線で出逢つた怪しい老人が語るのは江戸の下屋敷戸山荘の庭園の話。

「なに?横須賀御殿のことは大体判つたが、江戸の下屋敷に大庭園を築いたのはやはり金の無駄遣ひではなかつたか、とな?
うむ、江戸にあつた下屋敷、所謂戸山荘の中に築いた壮大な庭園のことだな。やはり、さう來たか。うむ、これも道楽と言へば道楽ではあつたが、当時の大名にとつて、或る程度鑑賞に足る庭園を持つことは、将軍の御成りや諸大名との交際のためにも必要なことでな、殆どの大名がそれぞれ屋敷内に立派な庭園を築いておつたことを考へると光友だけを責める訳にはいかんだらう。
なに?それにしては、宿場町を再現したり、澤山の社寺、堂塔を建てたり、趣向を凝らした瀧を造つたりと、規模が大き過ぎなかつたか、と言はつしやるか?
うむ、お前さんの言ふ通り、それは一つの大きなテーマパークと言つてもよいやうな、池泉廻遊式の庭園としては並外れて大きなものだつた。それを造るのに掛かつた費用も馬鹿にならなかつたであらう。だが、それくらゐのことは、これ又、大眼に見てやらんといかん。光友としても御三家筆頭の殿様としてのブランドがあつた。なに?ブランドではなくプライド?おお、さうであつた。その・・・フライド、フライドチキン、それがあつた。他の大名たちに少しでも差を附けたいと思つた。そこへもつてきてあの敷地の広さだわ、光友が他の屋敷と同じやうな平凡な庭園を造る氣になれなかつたのも無理からぬことと言へるのではないかの。
考へてもみなされ。少しでも風流の心得のある者が、金と暇とあのやうな起伏に富んだ広大な土地を与へられたら、何もせずに居るわけにはいかんだらう。その土地に何かを創造したいといふ氣持ちに当然なるに違ひない。となれば、俗世間からは遊離した、誰にも邪魔をされること無く自分だけが心から寛げる空間をそこに造らうと考へたとしても不思議ではない。つまり、それは自分の日頃から思ひ描いておつた理想郷とも言ふべきもので、それをどのやうに造らうか、それを考へるだけでワクワクしてくるのではないかの。
お前さんだつたら、そこにデイズニーランドのやうな遊園地を造らうと考へるかもしれん。長い時間並ぶ必要もなく思ふ存分遊ぶことの出來る、お前さんだけの、お前さん一人のためにある夢の遊園地をな、ヒヒ。とすれば、ここに西部の村を、あそこにジヤングルを、その向かふにスプラツシユなんとかをと、その配置を考へるだけでこの上も無く楽しい氣分に浸ることが出來るであらう。
光友にしても同じこと、既に自分の王国、尾張といふ庭がある大大名ではあつたが、あの土地を前にしたら、お前さんたちほどワクワクすることはないにしても、その想像力は大いに掻き立てられたであらう。その庭園造りに単なる退屈しのぎ以上のものを見い出して喜んだに相違ない。そこであのやうな、と言つても、今はその面影も何も残つておらんから、お前さんには判らんと思ふが、スケールの大きい、現実と虚構が見事に入り混じつた、幻想味溢れる異質な世界が出來上がつたといふ訳だが、庶民のやうに自由氣儘に振舞ふことの出來ない御三家筆頭の殿様にとつて、それを創造することは唯一の慰み事と言へたのかもしれん。
したがつて、そのやうなことを考へると、それを何処かの公団の造つたリゾートホテルのやうに、単なる金の無駄遣ひ、余計な贅沢と、光友を一方的に非難するわけにはいかんだらう、なう、お前さん?
おつ、頷いておるな。さうか、判つてくれたか、うんうん。
なになに?オイラが光友公だつたら、庭園やデイズニーランドではなく妖怪ランドを造つた?何かな、その妖怪ランドといふのは・・・?
判つた。お前さんのことだから、大きな化け物屋敷みたいなものを造つて客を呼び、大したことの無いアトラクシヨン、例へば、小豆洗ひとあか舐めの実演シヨーとか、九尾の狐と團三郎狸のオナラ合戦とか、口裂け女と蛇女の泥レスリングシヨー、といつたものや、お世辞にも美味しいとは言へない食べ物、例へば、狢(むじな)の睾丸焼きとか、雪女の手作りアイスクリームとか、胡瓜ではなく本当に河童の肉を挟んだ河童巻き、といつたものに、目玉が飛び出るやうな高い値段を附けて、善良な市民から金を澤山ふんだくらうといふ魂胆だな。欲の深い人だの、お前さんは。
なに?ワシの思ひ附きはくだらないし、そのうへ言葉に棘がある?さうか。ヒヒ、そりや失礼。しかし、光友も、恥も外聞も無くそのやうな興行をあの庭で催して金儲けが出來ておつたら、藩を財政難に追ひ遣ることもなかつたであらうに、なう、お前さん?」

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