尾張の山車まつりへ [横須賀まつり訪問記]−[44]


〜第44回〜
朝比奈義秀の亡霊が操る唐子の集団に襲はれた小僧と煙突童子だつたが、何処から飛んで來たのか謎の蝙蝠の一群に辛くも助けられることとなつた。
「ふうー、やれやれ。小僧よ、蝙蝠たちのおかげでどうやらオレたち助かつたらしいぞ」
「イタタタ!噛まれたところがまだ痛い。オイラのこの手足を見ろ、こんなに腫れちまつて」
「オレも散散な目に遭つた。中には太鼓のバチでオレの頭をこつぴどく叩く奴もおつたやうだ。ちやうどよいことに大村昆がコマーシヤルで宣傳しておる軟膏を持つておるから後で貸してやらう」
「姓はオロナイン名は何とかといふあれか?ほんとにそれ効くのか?」
「何故だか分からんが妖怪繊維には効果がある。不思議だ」
「しかし、可愛い顔をしてゐながらとんだ悪ガキどもだつたな、あの唐子たち。なに?唐子が悪いのではない?乗り移つてゐる霊に怒れと言ふか?そりやさうだが・・・はて?そんなことより、オイラたちを助けてくれたこの蝙蝠たちは一体何処から飛んで來たのだらう?」
と小僧は唐子たちを追払つた後も礼拝堂の中を悠悠と旋廻してゐる大きな蝙蝠の群れを見上げながら呟いた。
「小僧よ、これだけの大きな蝙蝠だ、何か曰くがありさうではないか。お前は『バツトマン』※1といふ映画を観たことがあるか?野球選手や煙草を吸う男ではない、正義の味方で悪い奴等を次次にやつつけるアメリカの蝙蝠男の話だ。ひよつとすると日本にもそのやうな蝙蝠男がおるのかもしれん」
「といふことは、このうちのどれかがその蝙蝠男で、残りはその子分といふことか?」
「それはさうと小僧よ!朝比奈は?朝比奈義秀の姿が無いぞ!」
「忘れてゐた!うーむ、唐子たちと一緒に逃げたか!」
と、その時聖壇の壁の向かふ側でギイーと扉の開くやうな音が聞こえた。
「小僧よ!裏口があるやうだ!」
「うむ、裏へ廻らう!」
小僧と煙突童子は急いで礼拝堂の入り口から外へ飛び出した。そして、降り積もる闇の粒子を掻き分け教会の裏手へとやつて來た、その途端、バサバサバサバサといふ澤山の木の枝を一度に揺らすやうな大きな音が闇の中から聞こえた。
「小僧よ、暗くてよく分からなかつたが、何かがそこの林から空へ向かつて飛び出したやうだつた」
「朝比奈か?なに?空へだと?」
「あ、あれを見ろ!」
小僧は煙突童子の指差す空の方を見た。すると、暗い大きな森の影の直ぐ上に、先程まで空をどんよりと覆つてゐた厚い雲も勢ひのある風に吹き払はれたのか、いつのまにか上弦の月がいつもよりも一層蒼ざめた如何にも寂しげな顔貌を露にしてゐたが、その孤独な半円の影に重なるやうにして、あたかもその月を目指して飛んで行かうとするかのやうな、翼を懸命に揺らしてゐる大きな鳥の影が見えた。 
「小僧よ、あの鳥は・・・」
「うむ、この教会に來る前に見た怪しい烏に違ひない。すると・・・」
「朝比奈義秀が化けたものといふことか?」
「さうらしいな。移動する時は大きな烏に化けるやうだ。くさお、まんまと逃げられてしまつたな」
「おいおい、そんなことを言へるのも蝙蝠たちが助けてくれたからだぞ」
「さうだつた。蝙蝠たちに一言礼を言つてからここを離れよう」
と小僧たちが教会の中に戻ると、薄暗い礼拝堂の中は小僧たちが最初に足を踏み入れた時と同じやうに伽藍としてゐて、先程まで宙を旋廻してゐた澤山の蝙蝠たちは何処へ消え去つたのか最早その姿はそこに無かつた。
「小僧よ、蝙蝠たちがおらんやうだが。はて?何処へ行つたのだらう?」
「天井にぶら下がつて休憩でもしてゐるのではないか?」
小僧たちは取り残された燭台の明かりが寂しさうに揺らめいてゐる聖壇の前まで來ると、高くて暗い天井に眼を遣り蝙蝠の姿をなんとか探さうとしたが、そこに動物が蠢いてゐるやうな氣配は全く無かつた。と、その時、
「お前たち、ひよつとして蝙蝠を探してをるのか?」
と突然オペラに登場するテノール歌手のやうな艶のあるやや低いゆつたりとした声が小僧たちの耳に響いた。
小僧注(1)アメリカの漫画家ボブ・ケイン氏が1939年に漫画「バツトマン」を発表。その後テレビ化され人氣シリーズになる。初めて映画化されたのは1966年。1989年にリメイクされた。

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