朝比奈義秀の亡霊が何やら呪文のやうなものを唱へると、そこに現はれたのは所謂唐子と呼ばれる子供の集団だつた。
「うーむ、つまり、この唐子たちは只の見せ掛けで、本当の正体はその霊といふことか。そして、その霊がこの朝比奈義秀の指図によつて動いてゐる、さういふ訳だな。しかし、さうだとすると、その霊とは一体何の霊だ?それに、この澤山の唐子の人形は元元何処にあつたものだらう?」
「唐子の人形のことは分からんが、霊については見当が附くのでは、ほら、狛犬が話しておつたやうに」
「あツ、さうか。例の人体標本か。なるほど、だからこのやうに霊の乗り移つた唐子の数も多いといふ訳か」
と小僧たちが不思議な唐子の正体について話してゐると、聖壇の上で呪文のやうなものを唱へてゐた朝比奈義秀の亡霊は
「またまたそこでコソコソくだらぬことを話しておるな。よいか、お前たち!この唐子たちはな、お前たちを楽しませるためにここに出て來たわけではない。唐子たちのこの踊りはな、その活動を始める前のひとつの儀式ぢや。準備体操と言つてもよい。この唐子たちのな、クエツクエツクエツクエツ、本当の恐ろしさをこれから見せてやらうではないか。なまくさまんだばさらだほんらおといといさんあんかうめんたんぴんどうらどうら・・・」
と今度はその大きい口を忙しく動かして速い調子で呪文のやうなものを唱へ出した。
すると、それまで小僧たちの周りで一心不乱に和楽器の演奏や踊りを繰り広げてゐた唐子たちの動きが急に止まつたかと思ふと、全員が小僧たちに向かつてどつと殺到して來た。
「小、小僧よ、唐子たちが!」
「な、なんだ!オイラたちをどうしようといふのだ!」
唐子の集団は小僧たちを目懸けて突進して來ると、巣を荒らされて怒つた蜂が人を襲ふやうに二人に群がつた。そして、二人の体のあちこちに、手であらうが足であらうが頭であらうがお構ひなく、獰猛なピラニアのやうに食ひ附いてそれを噛み始めた。
「イタタタタタ!何をする!痛いと言ふのに。オイラたちを食べようといふのか、お前たち。イタタタタタ!言つておくが、オイラたちは妖怪だから食べようにも食べられんぞ。オイラたちの体は頭から足まで全て最新のナノテク※1も敵はない妖怪繊維で出來てゐるのを知らんな、お前たち!ほら、味の無いガムを噛んでゐるやうだろ。それに食べたらお腹が痛くなるぞ。下痢をするぞ。夜に蒲団を汚して怒られることになるぞ。お尻をペンペンされるぞ。イタタタタタ!止めろと言ふのに!」
「小僧よ!こいつら、イテテテテテ!やはり、木で出來た人形だぞ。人形だからこいつらに食べられることはなささうだが、イテテテテテ!か、からだがズタズタにされさうだ」
「クエツクエツクエツクエツ、どうぢや、思ひ知つたか。この唐子たちはな、生前、それはまう、この世の地獄と言つてもよいやうな酷い目に遭つた人間たち、その何とも氣の毒な人間たちの怨霊が乗り移つたものぢや。その復讐の念は半端ではない。その鬱積した力が今爆発しておるのぢや。さぞや痛いであらう。クエツクエツクエツクエツ。唐子たちよ!遠慮することはない。こやつらを噛み砕いて粉粉にしてしまへ!」
と、その時だつた。バサバサバサツといふ鳥が翅を素早く揺らすやうな音が突然聞こえたかと思ふと、それは直ちに幾つも重なり、大きな音となつて礼拝堂の中に響いた。突然の物音に吃驚した小僧たちと朝比奈義秀が入り口の方に顔を向けると、半分開いてゐる扉から黒い影が次から次へと幾つも現はれ聖壇の方に向かつて宙を飛んで來るではないか。その黒い影の集団は唐子たちの攻撃を受けてゐる小僧たちの頭上に集まり、黒い雲のやうな塊となつて二、三回旋廻した後団子状態の小僧たち目懸けて一斉に落下して來た。
「な、なんだ!今度は黒い鳥のやうな物がオイラたちを襲つて來たぞ!」
「小僧よ、鳥ではない。蝙蝠のやうだ。それも鷲のやうにドデカい蝙蝠だ。なんだか知らんがオレたちには危害を加へず唐子たちを攻撃しておるところを見るとオレたちを助けようとしておるのだらうか」
煙突童子の言ふ通り、それは小僧たちも見たことがないやうな大きな蝙蝠で、全部で十数匹は居たらうか、何故か小僧と煙突童子には目もくれず、小僧たちに群がつてゐる唐子たちに飛び掛かると、その鋸の目のやうな鋭い歯と鉤針のやうな長い爪を使つて唐子たちを噛んだり引つ掻いたりと一斉に攻撃し始めた。唐子たちは澤山の蝙蝠の執拗な攻撃には太刀打ち出來ず、反対に自分たちがズタズタにされては堪らないと、小僧たちから蜘蛛の子を散らすやうに離れると、傷附いた体をガタガタ揺らしながら何やらキヤンキヤン喚いて我先にと礼拝堂の入り口へ走り、そこから全員退散してしまつた。