神楽小僧の横須賀まつり訪問記第40回

朝比奈義秀の亡霊の唱へる何やら呪文のやうなものを合図に棺から現れたのは、幽霊かキヨンシーか、はたまた新種の妖怪か、小僧も吃驚、化け物にしてはあまりにもあどけないその姿、現代の若い女性からは「まあ!チヨー可愛いー!」などと黄色い声も掛かりさうな、中国古代の世界からそのまま抜け出して來たやうな身なりが愛らしくも印象的な子供たち、所謂唐子と呼ばれる子供の集団だつた。
その数は全部で四十人を下らないと思はれた。中には笛、太鼓、鉦などの和楽器を持つ唐子も混じつてゐた。
小僧と煙突童子の周りを取り囲み、皆が皆小僧たちを嘲笑するかのやうにケタケタと笑つたかと思ふと、楽器を持つ唐子たちが突然それらを奏し始めた。
ヒユーイ、ヒユーヒユー、ヒーヒヤラ、ヒユーヒユー、ストトン、トントン、トントコ、トントン、チントンチントン
と、それは祭り囃子を思はせるやうな音楽だつたが、小僧が今までに聴いた澤山の祭り囃子のどれとも似てはゐなかつた。太鼓や鉦の生み出す変則的ながら思はず体を動かしたくなるやうな軽やかなリズムと、笛の奏でる優雅で異国情緒たつぷりの旋律は、小僧が昔観た中国から來日した歌舞団による民俗舞踊シヨウの中で演奏された音楽を思ひ出させた。
他の唐子たちはといふと、その演奏が始まるや否や、それぞれピヨンピヨンと祭壇や長椅子の上に跳び乗り、そこで音楽に合はせて嬉々とした表情で踊り始めた。
誰が振附けたのか、全員が一緒に手を振つたり足を上げたり腰をくねくね揺らしたりと、スクールメイツ※1のやうに躍動的で華麗とは言へないまでも、それは一糸乱れぬ統率のとれた踊り方で、色々と奇妙な幽霊や化け物に遭つたことのある小僧も流石に唖然とするほかはなかつた。
「こ、これは一体・・・」
「小僧よ、こ、これが幽霊の正体か?雪子ちやんの話によると中国服を着た奇妙な子供の幽霊といふことだつたが」
「どうやらさうらしいな。しかし、驚いたな、この唐子の幽霊たち、オイラが尾張で見た山車の上でからくりを演じる唐子の人形と同じやうな姿恰好をしてゐる。オイラとしてはなんとなく懐かしいが、不思議な光景ではある。それにしても、フフ、こんな処でこのやうな面白いシヨウが見られるとは。とんだ幽霊だぜ、童子よ。そのうち幾らか銭を投げてくれなんて言ひ出すんぢやないのか、この坊やたち、フフ」
「だが、小僧よ、この唐子たち、ちよつと変ではないか?穴八幡の狛犬はキヨンシーではないかと言つておつたが、オレには何やら人形が動いておるやうに思へるが」
「人形?馬鹿な。ピノキオぢやあるまいし、人形が勝手に動くわけ・・・うん?まてよ、うーむ、さう言へば、動作がなんとなくぎこちないな。手足の動きは皆見事に揃つてゐるが関節の動かし方がスムーズではないやうだ。肌にしても絵の具で塗られたやうな白い色をしてゐるし・・・」
「ひよつとするとこれは・・・」
「ひよつとすると?何んだ、童子よ?」

「うん、人間や動物の霊が乗り移つた人形の話を小僧も耳にしたことがあるだろ。洋の東西を問はず、昔から語られておる傳説や民話の中にもそのやうな事件を扱つた話は少なからずあるが、その中には本当の話も含まれておるやうだ。
先日、妖怪大学が仙界から招いた講師のカメ仙人がこんな話をしておつた。カメ仙人先生は不老不死の人間で長いこと人間を経験しておるから普段は人間学といふものを教へておるが、その時は先生が最近奇妙な霊に遭遇したといふことでその話になつた。それはこんな話だ。
先生が夜の新宿で独りで酒を飲んでおつた時のことだ。例によつて安酒を飲ます場末のバーだつたらしいが。すると、隣の席から声を掛けてきた若い女性がおる。これが、フアツシヨンモデルのやうに流行のミニスカートを見事に着こなしたそのスレンダーなボデイも悩ましい、女優のジエーン・フオンダ※2を幾分研ナオコ風に崩したハーフのやうな顔にシヨートカツトの栗色の髪と官能的な唇が男心をそそる蕩けるやうな美人、に見えた。
なにしろ先生その時大分酔つぱらつておつたからな。高級娼婦ではないかと思つて先生値段を聞いたが違ふといふ。普通のOLで父親ほどのオジサンに憧れるといふ話。
二人はテンプターズやゴールデンカツプスなどのグループサウンズ※3の話題で盛り上がり、なんだかんだで意氣投合。物事は先生望む通り順調に運び、ホテルにおいていざ決戦といふことになつた。
が、そこで先生驚いたのなんの、見るからに高価なブランド物の服や下着が全て取り払はれたその女性の体に手を触れてみると、滑らかな柔肌の下にしつとりと脂の乗つたプデイングのやうな弾力のある肉の塊※4、と思つたものが、なんと、墓石のやうに固くて冷たいプラスチツクではないか。で、すつかり酔ひの覚めた先生その女性の裸体を頭のてつぺんから足の爪先までよく見ると、それは人間の体ではなく、只のマネキン人形だつた。
そして、そのマネキン人形、色つぽく
『うツふ〜ん、あまりジロジロ見ないで〜ん』
と言ふから肝を潰した先生その場を這這(ほうほう)の体で逃げ出したといふ。実は、そのマネキン人形、或る高級ブテイツクのマネキン人形で、無理なダイエツトが祟り病氣になつて死んだ肥満の女性の霊が『自分もマネキン人形のやうなすらりとした体形になりたい。買ふことが出來ずに普段は眺めてゐるだけの高価な服を思ふ存分着てみたい』といふ生前の切なる願望を叶へようと乗り移つておつたものださうだ。
そして、このマネキン人形、といふよりその女性の霊と言つたはうがよいか、生來の男好きな性格と顕示欲からその姿を男に見せびらかしたいと夜の街を徘徊しておつたといふ話。
先生が言ふには、人間の霊が乗り移つた人形もその霊の力が強いと人間のやうに話したり自由に動き廻つたりするさうだ。この唐子たちもそれではないか。彼らもやはり人形で、それが動いておるといふのは何かの霊に支配されておるのではなからうか」

小僧注:
※1 渡辺プロのタレント養成所の生徒で構成され、歌手のバツクで踊りやコーラスを担当するグループ。クールメイツ出身のタレントにはキヤンデイーズ、松田聖子、高橋真梨子などが。
※2 ane Seymour Fonda (1937-)父はヘンリー・フオンダ。1978年「帰郷」でアカデミー賞主演女優賞。反戦、反体制、ウーマンリブの闘士としても活躍。
※3 1960年代に流行したギター中心に数人で編成されたポツプスグループの総称。