尾張の山車まつりへ [横須賀まつり訪問記]−[38]


〜第38回〜
不氣味な戸山ケ原の教会に足を踏み入れた小僧と煙突童子はそこで怪しい老人に遭遇した。
「爺さん、あんたは一体何者だ!」
と小僧が叫ぶと、老人は先程までの優しさうな顔を一変させた。眉はグツと吊り上がり、目玉は飛び出るくらいにギロリと大きくなり、顔一杯に鼻孔が膨らんだかと思ふと、そこから放たれる鼻息も凄まじい鬼神面のやうな顔がそこに現れた。そして、その恐ろしい形相は口を大きく歪めると、蛇のやうな舌をチヨロチヨロ出しながらゾツとするやうな声で笑ひ出した。
「クエツクエツクエツクエツ、お前たち役者やのおー、クエツクエツクエツクエツ」
「煙突童子よ、ひよつとして、こいつ、青田赤道※1の成れの果てか?」
「河内の大学で應援団の古参であることをよいことに悪さばつかりしておつた、あの妖怪のことか?その後、あの辺りの祭りで地車をやりまわすことに夢中になつておるといふ話を風の便りに聞いたことがあるが」

「クエツクエツクエツクエツ、お前たち、そこで何をコソコソ話しておる。この『訪問記』も大分長くなつたからな、余計なことをしやべつて更に長くするんではない。管理人の身※4にもなつてみろ、クエツクエツクエツクエツ。 このオレ様が誰だか教えてやらう。オレ様はなあ、地獄から帰つて來た、あの朝比奈の三郎義秀ぢや。どうぢや、驚いたか?」
「朝比奈三郎義秀?はて、聞いたことがない名前だが。小僧よ、お前知つておるか?」
「うーん、聞いたことがあるやうな無いやうな・・・朝比奈隆※2なら知つてゐるが」
「バツカもん!なんといふ無教養な奴らぢや。このオレ様を知らないとは。くうー、泣けてくるなう、全く。鎌倉時代、あの和田合戦で活躍したオレ様を、当時、大力の猛者として全国にその名を知られたこのオレ様を知らない奴がおるとは。トホホ、嘆かはしい世の中になつたもんぢや。さみしーいツ!」
「小僧よ、こいつ、『てなもんや三度笠』※3に出て來る財津一郎の真似をしておるぞ」  
「フフ、『てなもんや三度笠』か。オイラは名古屋弁をしやべる鼠小僧次郎吉役で出てゐる南利明が好きなんだが。『囃子もあるでよー』なんていふギヤグが受けてな、フフ」
「小僧よ、そりや『囃子』ぢやなくて『ハヤシ』だろ。それと京唄子に鳳啓介、このコンビも味があつて面白い」
「これ、お前たち!三波伸介を忘れておらう、てんぷくトリオの。あ?、くさおお、オレ様もつひつひ釣られてしまつた。このー、またまた余計なことをしやべりおつて。お前ら、このシチユエーシヨンがよく分かつてないやうだな」

「ヘヘ、メンゴ、メンゴ。うむ、さう言へば、うむ、思ひ出したぞ!煙突童子よ、能や狂言の演目に『朝比奈』といふのがある。その朝比奈義秀か。鎌倉の武将和田義盛と木曾義仲の妾巴御前の間に生まれたといふ。和田合戦で北条方に敗れた後何処かへ逃げ行方をくらましたといふことだが。鎌倉時代の人間がここに居るといふことは・・・すると、爺さん、お前はその朝比奈の亡霊か!?しかし、何故、その朝比奈の亡霊がここに居る?」
「クエツクエツクエツクエツ、さうぢや、その朝比奈義秀の霊ぢや、オレ様は。そのオレ様が何故こんな処に居るか分からんと言ふか?クエツクエツクエツクエツ、ここはな、オレ様にとつては故里のやうなもの。此の上無く懐かしい処なのぢや。 元をただせば、この戸山はな、オレ様の親父殿、和田左衛門尉義盛の領地だつた。親父殿は悲運な最後を遂げられたが、この辺りの百姓たちからは、そりや、まう、大変慕はれておつた。だから、この辺りは江戸時代になるまで戸山村ではなく和田村と言つておつた。そして・・・」
「そして、どうした?」
「うーむ、くさおお、思ひ出すだけでも腹が立つ。ええい!そんなことはどうでもよい。お前たちこそ、何故ここに來た!?ははあ、分かつたぞ。人間に頼まれたな。人間に頼まれて幽霊の正体を探りに來たな。さうぢやろ。人間から何を貰つたか知らんが、変な義侠心を出しおつて、馬鹿な妖怪たちぢや、クエツクエツクエツクエツ。よおし、それなら、その幽霊をお前たちにたつぷりと見せてやらうぢやないか。なまくさまんだばさらだ、せんだまかろしやな、そはたやうんたらたかんまん・・・」

と朝比奈義秀の亡霊は何やら呪文のやうなものを唱へ出した。すると、聖壇の前にあつた澤山の棺の蓋が突然パタンパタンといふ音と共に次から次へと開き出した。小僧たちがびつくりしてゐると、それらの蓋の開いた棺の中から何かがビヨーンビヨーンと次から次へと跳び出して來るではないか。小僧はそれが何であるか確認すると、あまりの意外さに驚かないではゐられなかつた。びつくり箱ならぬびつくり棺から跳び出して來たのは、それぞれが特異な中国服に身を包み、個性的な顔立ちに独特の唐髷を結つた澤山のあどけない子供たち、即ち、尾張の山車祭りフアンなら誰もがからくり人形でお馴染みの唐子、その唐子の集団だつた。そして、それらの独特な姿恰好は、それぞれ微妙に異なつてはゐたが、小僧が尾張に住んでゐたときに諸処の山車祭りで見た、山車の上でからくりを演じるあの懐かしい唐子の人形のそれと酷似してゐた。

小僧注
※1
1970年代の人氣ギヤグ漫画『嗚呼!!花の応援団』の主人公。時代が少しずれる?これは妖怪の青田赤道といふことで。
※2
日本音楽界の重鎮として、ブルツクナー演奏の専門家として有名な日本を代表する指揮者。その熱狂的フアンは多い。(1908-2001)
※3 藤田まこと(あんかけの時次郎)主演のテレビ時代劇コメデイ。(1962-1969)

niva注
※4
この「横須賀まつり訪問記」が一体いつになったら完結するのかなどと考えることはとっくに諦めている.こうなったら小僧さんかnovaかどっちが先に根負けするかの無制限一本勝負である.

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