「大将、もうえー、もうえー。わしの肩はえーから、それより、もうちよつと静かに見物してもらへんかな」
「へへ、勘弁勘弁。しかし、この子供たちのお囃子を演奏してゐる姿を見てゐると、おじさん、おたくら横須賀の人も、これで横須賀まつりも安泰と、随分心強い氣持ちになるのでは?」
「いやいや、さうでもないぞ。まつりの日ぐらいのもんだて、こんなに子供が集まるのは。普段は全然子供がおらんからな、この町には。後継者が育たんではまつりもどうなるか分からん」
「へえー、そんなもんかいな。しかし、沢山の子供たちが山車を曳いてゐたが?」
「あれはな、亡霊だわ。祖先の人たちがこの世に甦つて來て子供の格好で山車を曳いとるんだわ。ハハ、それは冗談だが、まつりの日だからあのやうに子供もそこそこ集まるといふことだわ。」
「ほれ、大将の後ろ、あそこでジュースをもらつて飲んどる半纏を着た坊主がおるだろ。あれはわしの孫なんだが、普段は名古屋の方に住んでおる。つまり、わしの息子が、こりやひとり息子だが、この町を出て行つたからなんだわ。まあ、まつりになると役割を任せられとるもんで横須賀に帰つて來るがな。わしのやうな家庭はここにはいつぱいある。要するに、若い者が町を出て行つて、年老いた者だけが残るといふパターンだわ。したがつて、まつりの日には、このやうにあちこちから子供が集まるが、これがいつまで続くのやら」
「ふうーん、それは知らなかつた。そんなに子供が居ないのかい、この町には?」
ホントに爆発してしまったタンク
(画像提供鶴松氏) |
「うむ、昔に較べると随分と少なくなつたな。この横須賀は、言つてみれば、老人の町だわ。若いもんがおらんから全然活氣が無い。活氣があるのはそこの製鉄所だけだて。活氣があり過ぎて、時々爆発するけどな、ハハ。」
「なに?どうしてさうなつたかと言はつしやるか。うむ、いちばん大きな原因は、やはり、横須賀の海が無くなつたといふことかな。港が埋め立てられて無くなつてからといふもの、この町は随分と変はつてしまつた。昔は漁師町としてそこそこ栄えとつて、色々な商家が軒を連ねてゐた横須賀だが、今はその面影も無い。海が無くなつたといふことは、経済的なことがうんぬんといふより、精神的に大きな打撃をこの横須賀の人に与えたのではなからうか。そりや、世の中が変はり、細々とした漁だけでは食つていけない時代になつておつたが、海が無くなつたのは大きい。それ以來、まつりに未練を残しながらも、ここに見切りを附けて出て行く人が多くなつた。特に若いもんは、核家族化が進んだといふこともあつて、その流出が止まらんやうになつた。」
「さうなると、取り残されるのは年寄りだわ。年寄りだけではな。子供や若いもんがおらんと町は盛り上がらん。まつりも盛り上がらん。さういふことだわ」
「しかし、この町は名古屋にも近いし、新しいマンシヨンもどんどん建つてゐるやうだし、人口は増えとるのと違ふかな?」
「うむ、この辺のマンシヨンなどは名古屋の近くにしては随分と安いからな。ま、それには理由があるが。それで、新しく引越して來る人もこれからは徐々に増えるかもしれん。しかし、そのうちのどれだけの人がここに定住してくれるかだわ。ここに骨を埋めようといふ人なら、まつりに十分関心をもつてくれるだらうし、まつりを存続させることに骨を折つてくれるといふこともあるだらう。しかし、すぐにまたここを出て行こうと思つとる人は、ふむ、そんな気持ちにはならんだらう。実際、この辺に転入して來る人は多いが、また出て行く人も多い。人の出入りが激しくては後継者の育成もままならん。まつりにとつてはよい環境と言へんだらうな。」
「今はまだ、昔からここに住んでおる長老や中老が元氣だし 郊外に移り住んだ若者も駆けつけて來る、曲りなりにもかうやつてコンクールなどを催して囃し方の育成は出來ておる。が、世代が幾つか替はれば、この町に住む人の顔ぶれも変はれば、その時はまつりも、さあ、どうなつとるか・・・」
「・・・・・・・・・・」
「どうした?大将。いやにしよんぼりしてまつて」
「なんか哀しい話になつてきたなあ。そりや、本当か?こんなよい祭り、横須賀まつりが滅んでよいものだらうか。許せん、それだけは絶対に許せんぞ!」
「ハハハ、こりやまた、ちよつと言ひ過ぎたやうだな。わしの取り越し苦労だわ、今言つたことは。心配することにやあで。そのために『横須賀まつり保存会』といふのがある。
年寄り連中はちよつと頑固で××だが、幸いなことに人望のある中老や若手が保存会のリーダーとしてあれこれ頑張つとる。連中がその辺はちやんと考へて、これから先もうまくやつてくれるだらう。わしはさう思つとる。」
「ところで、大将、おみやあさん随分と横須賀まつりのことを心配してくれてるやうだが、いつたい何処の人であ?」 |
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