尾張の山車まつりへ [横須賀まつり訪問記]−[32]


〜第32回〜
横須賀に目を移すと、思ふ存分元浜線の散策を楽しんだ四輌の山車が続々と元浜にある公民館の前に集まつて來た。
小僧はといふと、それまで公民館の前で、一足先に着いた北町組の山車を眺めてゐた。そこでは北町組のからくりが演じらえたやうであつたが、残念ながら小僧が着いた時にはもう終わつてしまつてゐた。

北町組のからくりは、一人の唐子が蓮台といふ蓮の花の形に造つた仏像の台座のやうなものを廻すうちに、台の上に居る唐子が紅葉の美しい楓の木に飛び移り、逆立ちをして太鼓を叩くといふ一種の離れからくりである。
「ふむふむ、あのバチを持つた唐子が紅葉の木に倒立して太鼓を叩くといふことか。すると、犬山の外町のからくりに似てゐるな。なかなかよく出來たからくりだが、ひよつとすると製作者は同じ人なのかもしれん。」
「うん?あの蓮台を廻す方の唐子、久し振りに人前に出されて、ちよつと照れくささうではあるが、なんだかとてもウキウキしてゐるではないか。久し振りにからくりを演じることが出來て嬉しいのだらうか。遠足に出かける子供のやうな笑顔が印象的だが、はて、誰かに似てゐるな・・・うむ、さうだ、田村亮子だ。さうさう、今は谷亮子だつたな。彼女が金メダルを手にした時のやうな表情にそつくりではないか。うん?ちよつと待てよ、見る角度によつては山田花子にも似てゐるな、フフ。しかし、これらの唐子と言ひ、ひどく垂れ目のところが妙に愛嬌を感じさせる采振り人形と言ひ、いづれも見てゐるこちらまで自然に頬が緩むやうな、そんな味のある顔をしてゐるが、これらのからくり人形を作つた人の滑稽趣味といふか洒落つ氣には、何処か吉本新喜劇に代表される関西流お笑いの世界に通じるものがあるやうな、ないやうな・・・ふむ、オイラの考へ過ぎか」

公民館の前にぴつたり寄り添ふやうに並ぶと、四輌の山車はそこで暫くの間休憩である。
一年振りに再会したそれぞれの山車はそこで世間話に花を咲かせることになる。

「暫く見なかつたが、八公車よ、元氣だつたか?」

「こりや本町の、いや、わし等も寄る年波には勝てんな。ちよつと散歩するだけでも疲れるがや。上山に乗つとる人間が年々重く感じられるでかん。ところで、お前の連れてゐるその熊のプーさんはどうしたんや?お前にそんな少女趣味があつたとは」

「へへ、わしも実は照れくさいんだわ。やめてくれと言つたのに、へへ。それはさうと、大門の、あんたは偉い。ちやんと祝儀の短冊結んだ竹笹後ろに縛り附けて」

「これが昔からのしきたりといふもんだわ。みんなも守らなかん。しかし、動く度にくすぐられてゐるやうでちよつと体が痒いけどな。いやあ、それにしても今日は暑いな」
公民館の周りを眺めると、中華料理店、焼肉料理店、スナツク、カラオケハウス、レンタルビデオ店などが元浜線を挟んでぽつぽつとある。何故かビジネスホテルの看板も見える。
このやうな処で商売が成り立つのだらうか、いつたいどんな人が泊まるのだらうと小僧は首を傾げた。
と、公民館の方から囃子の音が聞こえてきた。公民館の隣には駐車場があるが、そこに人だかりが出來てゐる。行つてみると、そこには小さな舞台が設けられてゐて、その舞台の上で小中学生と思はれる子供たちがお囃子を演奏してゐた。バツクには『祭り囃子年少組コンクール大会』と書かれてあつた。子供たちはそれぞれの組の法被を纏つて、真剣な表情で太鼓や笛を奏してゐた。
「なるほど、このやうにして囃し方の後継者を育成しようといふのだな。うんうん、やはり、この町にもこのやうな企画を立てる、ちやんと将来を考へてゐる人も居るわけだ。すると、ここのまつりの未來も明るいのかもしれん。しかし、みんななかなか上手ではないか。」
おーい、みんな頑張れえ!、さうさう、ヒユヒユーイ、ヒユイヒユイヒュイヒュイ、それそれ、ヒユーヒヤラ、ヒユイヒユイヒユイヒユイ、
「なんかかう、オイラも熱くなつてきたぞお。」
「はあーそりや、テケテンテン、テレツクテンテン」
「自慢ぢやないが、オイラも昔は笛や太鼓の練習に励んでゐて、殊に太鼓にかけてはオイラの右に出る妖怪は居なかつたもんだ。」
「大原流天狗太鼓免許皆伝を許されたこの腕前を見せてやらうぢやないか。」

はあーそりやそりや、テケテンテン、テレツクテンテン、それそれ、テンツクテンツク、スツテンスツテン、スツテンテン
「大将!これ、大将!」
「大将?て、オイラのことか?」
「さう、おみやあさんだわ。わしのこの頭はだいぶ禿げ上がつとるとは言へ太鼓ではにやあで。後ろからそんなに叩かれたら痛あでかん。それにスツテンテンといふのは止めてくれんかな。競艇でやられた自分がますます哀れに思へるでよ」
「へへ、こりや失礼。オイラつひ熱中してしまつて。目の前に手ごろな太鼓があると思つたら、人の頭だつたか、へへ。お詫びに肩でもお揉みしましよ。」
「そりやそりや、テケツク、ゴシゴシ、テンテン、ゴリゴリ・・・」

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