尾張の山車まつりへ [横須賀まつり訪問記]−[28]


〜第28回〜
ひよんな事からひよん太郎、芦川いづみによく似た美少女に、出会つたまではよかつたが、卑賤な妖怪の分際で、色香に迷つたのが運の尽き、思はぬその場の行き掛かりから、あれよあれよといふ間にデモの中、騒乱事件に巻き込まれ、散散な目に遭つてへなへなと、青菜に塩も束の間の、一度ぼおつと火の点いた、少女への想ひはめらめらと、消へるどころか身を焦がすほどに、その勢ひは強くなるばかり、もう一度何とか逢ひたいと、くだ

私立大学
んの私立大学を覗こうとしたが、誰も入れませんよと大学は、完全封鎖の冷たい仕打ち、学生の居る氣配まるで無く、人の影と言へば機動隊、門の周りを厳重に、固めるだけ固めて物物しく、怪しい奴は居ないかと、目を光らせてゐるとあつては遣る方無し、しぶしぶ、とぼとぼ、てくてくと、退き返すほかはなかつた。
その日以來、頭の中は?*+〇×と、ガタが來たのかウイルスに侵されたのか、変調きたしたパソコンのやうに、寝ても醒めてもヂーヂーと、頭に貼り附くビデオプレイヤー、常にオンの躁状態、ヘルメツト被つたその女学生、につこり微笑むその度に、浮かぶ笑窪は百萬ドル、君の瞳に乾杯と、愛くるしいその顔を、何度も何度も繰り返し、映して流してエンドレス、心のマウスちぎれてコードレス、恋の病も膏肓に入り、学業に身が入る訳も無く、大学の授業は上の空、空は晴れても心の中は、もやもやどんより厚い雲、氣分転換には祭りが一番と、氣遣ふ優しい豆腐小僧の、重なる誘ひも断はつて、何もしないで悶々と、消えたマドンナの幻影を、執拗に追ひかけ追ひ求め、煩悩の虜か恋の奴隷か、悪鬼に魂を盗られたやうな、抜け殻も同然の小僧だつた。

穴八幡神社

その小僧、溜め息を何度もつきながら穴八幡神社で油を売つてゐると、楽器担いでハーハーと息弾ませながら小走りに姿を見せたのは他ならぬ煙突童子。
小僧のところに駆け寄るが早いか切り出したのは小僧の心を捉えて離さぬ正にその少女の話。箱根山へ行く途中に出会つたといふ。
小僧は喜んだのなんの、それでどうした、それでどうしたと入れ込むのを制して煙突童子がおもむろに語つたところによると、少女の名前は島崎雪子、武装したデモ隊が集結してゐた私立大学の一年生で箱根山のある戸山公園の近くの集合住宅に住んでゐるといふ。
「ふむふむ、それで?」
「あの事件の時に逮捕されて一週間ほど拘置所に入れられておつたらしい。親からは大目玉を食つたさうだ。それはよいが、非常に怯えた様子で公園の近くを歩いておつた。
あの辺は戸山ケ原と言つて、鬱蒼とした雑木林が続いておるところでな、そんな薄暗いところで突然声を掛けたオレも悪かつたが、彼女はオレの顔を見るなりキヤーと叫んでひつくり返つてしまつた。
なに?オレのこの煙突の煤に燻された真つ黒な顔を見れば誰でも怖がると言ふか?ほつといてくれ。これでもダツコチヤン※1みたいで可愛いと言ふ女の子もおるんや。
それはともかく、訳を聞いてみると、ふむ、なんでも、あの辺り、戸山公園やその近辺では最近妙なことに幽霊がやたらに多く出るといふ話。
さう、幽霊だ。そこで、オレをその幽霊と間違へたといふ訳だ。ま、人間のやうな身なりはしておるが、このオレも妖怪だから、当たらずとも遠からずと言へるがな、ヘツヘツ。
で、その幽霊だが、これが奇奇怪怪、彼女の話に因ると、なんと、それは子供の幽霊で、それも一人や二人ではなく、何人もが入れ代はり立ち代はり出るといふ話。とにかく、その数の多さは半端ではないらしい。夜だけでなく、昼でさえ、太陽が少しでも雲に隠れやうものなら、何処からともなくビヨヨ〜ンと現れるといふから驚くではないか。
さう、ビヨヨ〜ンとだ。そして、この子供の幽霊、これがまた変はつておつてな、言ひ合はせたやうに、皆が皆中国服を着ておるといふ」

小僧注(※1) 昭和三十年代に流行したビニール製の人形で黒色人種の子供を模してゐる。

第29回へ
Copyright(c) 1998-2003 nova OwarinoDashimatsuri All right reserved
尾張の山車まつりへ 先ほどのページに戻ります [横須賀まつり訪問記][28]