突如として目の前の現れた、その場には不釣合いとも思はれる、少女の可憐で美しい顔に小僧は面喰つた。
小僧がドギマギすると少女は可愛い笑窪を作り微笑んだ。化粧の施されてゐないその顔は、大学生といふよりは未成熟で初々しい高校生を思はせた。
小僧は咄嗟に清純派の女優芦川いづみの顔をそれに重ね合はせた。
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「いづみちやん・・・」
「いづみちやん?何言つてるの?私、そんな名前ぢやないわよ。君たち、あまり見掛けない顔ね。ここの学生?」
「いや、その、なんといふか・・・」
「ほかの大学から來てくれたのね、嬉しいわ。ええ、分かつてるわ、デモに参加したいんでしよ。私たち、これから新宿をデモるの、一緒に附いて來て!」
「えつ?デモ?デモつて・・・でも」
「何をデモデモ言つてるの?ヘルメツトや角棒のことを心配してるの?誰かを攻撃するわけではないのよ。機動隊から身を守るための手段よ。あなたたちにも後であげるわ。ほら、みんな立ち上がつて行くわ。さあ、私たちも行きましよ!」
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少女は有無を言はさず小僧の手を取つて引つ張つて行つた。
小僧は、少女の強引な誘ひを断ることも出來たのだが、何故かさういふ氣持ちになれなかつた。
小僧が少女を一目見た瞬間に勝負は決してゐた。少女を見た途端、小僧はクラツと眩暈を覚へた。
そして、体が硬直した。少女の美しさに圧倒されたのだつた。
芦川いづみによく似た上品でありながらどこかコケテイツシユな顔立ちと、穢れを知らない大きな瞳から放たれた熱く燃えるやうな眼差しは、小僧の心を一発で仕留めてしまつた。
少女の顔を見れば見るほど、小僧の抗ふ気持ちは萎えていつた。少女の魔力に魂を吸い取られて、小僧は抜け殻も同然だつた。
少女に言はれるがまま、小僧は隊列を整えて行進して行く学生たちの後に附いて行つた。
煙突童子はといふと、小僧を引き留めたのだが、小僧は聞く耳を持たず、ニヤニヤしながら少女の後に附いて行くので、それを見送るしかなかつた。が、やはり小僧のことが心配と、これもすぐにその跡を追つた。
その後、どのやうな事態が小僧たちを待ち受けてゐたのかといふと、小僧は今でもそれを鮮明に覚へてゐる。兎に角、それは悲惨な出來事だつた。
学生たちが町の中をジグザグに行進して行くにつれ、隊列に加はる学生の数はだんだんと増していき、新宿の町に出る頃には大変な数に膨れ上がつてゐた。
夕闇が迫りネオンが瞬き始めてゐた新宿の繁華街には、数をも知れぬ機動隊が警棒と盾を持つてその学生たちを待ち構へてゐた。
そして、何かがきつかけとなつて、学生たちと機動隊との間で衝突が起きた。
たちまちのうちに大乱闘になつた。それは野次馬の一般市民を巻き添へにして夜の繁華街に大変な混乱状態を創り出した。
工事現場から調達してきたやうな黄色のヘルメツトを被らされてデモの中に居た小僧は、誰かの投げた石の直撃を額に受ける、警棒でしこたま殴られる、装甲車から勢いよく放たれた水に押し飛ばされる、
といふ具合でフラフラしてゐると、いつのまにか少女や煙突童子とはぐれてしまつた。
右往左往してゐると、今度は催涙弾が飛んで來た。
玉葱の腐つたやうな臭いが辺りに充満し、涙がボロボロと出て止まらない小僧だつた・・・ |