尾張の山車まつりへ [横須賀まつり訪問記]−[26]


〜第26回〜
「祭りの山車か?うーん、ワシはその当時西条藩士として殿様に附いて見物しに行つたことがあつたが、その時には、そのやうな類の物は無かつたな。そのパノラマ風に造られた見事な庭園には驚いたが、中でも、あつけに取られたのが、渓谷の中に造られた龍門の滝とか言ふ大きな滝。これがからくりで水が動くやうになつておつた。滝の前には飛び石の渡り場が設けられてあつたが、そこを渡ろうとすると水の流れが止まり、渡り終へるとどつと水が流れ落ち、渡つたばかりの石は見るみるうちに水中に没してしまふといふ具合。本当にあれは不思議ぢやつた・・・」
「なるほど、そのやうな大仕掛けの滝を造つて人を喜ばせようといふ殿様だから、豪華な山車やからくり人形を作らせたのも分かるやうな氣がする。いや、反対に、それはからくり人形からヒントを得たといふことも考へられるな。いづれにしても、そのやうな粋な殿様だから、山車祭りを大いに奨励したのも頷ける。うーむ、徳川光友といふ殿様、いつたいどんな人物だつたのか、大いに興味がそそられるな。よし!百聞は一見に如かずと言ふ。その箱根山とやらを見に行こう。煙突童子よ、オイラをそこへ連れてつてくれ」

穴八幡神社の目と鼻の先に私立大学があつた。箱根山へ行くにはその中を抜けるのが早いといふことで、小僧と煙突童子はその大学へ向かつた。
校門の前まで來ると、中が何やら騒がしい。校門の入り口を遮るやうにして、大きな建て看板が幾つも並べてあつた。看板には『〇○空港建設断固阻止!』『○○○○帝国主義は××××から撤退せよ!』『試験ボイコツト貫徹!』などと言つた文句が、赤いペンキで大きく殴り書きされてあつた。
中へ入ると、校舎の前に沢山の学生が集まつてゐた。どうやら学生集会を開いてゐるやうだつた。が、普通の集会とは全く様子が違つてゐた。不穏な空氣が校庭いつぱいに満ちてゐた。赤旗が乱立する中で、ヘルメツトを被つたひとりの学生がマイクを持つて何やらがなり立ててゐた。
数百人の学生がコンクリートの地面に座つてそれを聴ひてゐたが、皆ヘルメツトを被り、手には角棒や鉄パイプを持つて武装してゐた。張り詰めた空氣が辺りを支配してゐて、これから一騒動ありさうな雰囲氣を感じさせた。その光景に圧倒されて、小僧たちがぽかーんと立ち尽くしてゐると、誰かが小僧の肩をポンと叩いた。

後ろを振り向くと、そこには白いヘルメツトを被つたひとりの少女が立つてゐた。よれよれの黒いシャツとジーンズに短い髪といふボーイツシユな姿から、初めは少年のやうに思はれたのだが、ヘルメツトの下には、透き通るやうな白い頬と、桜の蕾のやうなツンと張つた唇と、長い睫毛の下にキラキラ光る琥珀色に澄み切つた愛くるしい大きな瞳が見へた。
それは、紛れも無く少女の、それも飛び切りの美少女の顔だつた・・・

nova注
本文に出てくる『龍門の瀧』は現在名古屋市東区の徳川園に移築工事中である.この徳川園も光友公ゆかりの地であるのは何かの縁であろうか.

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