尾張の山車まつりへ [横須賀まつり訪問記]−[24


〜第24回〜
そんな東京での生活にも慣れてきた、ある日のこと、小僧は同級生の煙突童子(えんとつわらし)と放生寺の隣の穴八幡神社の境内で世間話をしてゐた。

穴八幡神社

煙突童子といふのは、煙突に登るのが大好きで、煙突の上から下を歩いてゐる人間に突然声を掛けてはびつくりさせて喜んでゐる、そんな、ちよつと変はつた妖怪である。

しかし、この煙突童子、人間の演奏するジヤズといふ音楽を偶然聴いてからといふもの、それに心を奪はれてしまつたやうで、煙突に登つては、質屋からくすねたサツクスといふ楽器を狂つたやうに吹き鳴らしてゐた。
「チヤーリーパーカーは最高だな。このモダンジヤズの始祖ともいふべき黒人のインプロビゼーシヨンはどれも素晴らしい。心が躍るやうなスイング感に溢れてゐる。オレも彼のやうに自由自在にサツクスを吹けるやうになりたいもんだ」
などと、小僧にはちんぷんかんぷんなことを煙突童子は言つておつた。
「しかし、このごろは煙突に登ろうにも、これはといふ煙突が無くて困つておるのだ。工場の煙突にはもううんざりだし。そうなんだ、最近の煙は強烈過ぎてな、妖怪のオレにも毒が強すぎる。銭湯の煙突がいちばんよいのだが、これもだんだんと減つてきた。居心地のよい煙突を見附けてサツクスの練習をしておると、下からは「うるさい!」と怒鳴られる始末。なかなかズージヤーする場所が無くて困つておるのだ」
「ズージヤー?業界用語か、それは。ふうーん、お前も随分変はつたな」
「で、最近は少し遠いが、この先の箱根山といふ東京二十三区内ではいちばん高い所と言はれてゐる山に登つて練習しておる」
「箱根山?へえー、この東京の、それも新宿にそんな山があつたとは。そりや、いつたいどんな山だ?」
「うん、実際の箱根の山とは比べ物にならないくらいの小さな山なんだが。周りが広い公園になつておつて、とても静かな所だ。なんでさう呼ばれておるのかは知らない・・・」
などと、小僧が煙突童子と話してゐると、

「それは玉円峰のことぢやろ」と、突然小僧たちの背中から声が聞こへた。小僧たちが振り向くと、そこには異様な顔附きの大きな犬がいつのまにか立つてゐた。
「おおつ、お前はこの神社の狛犬ではないか。びつくりさせるな。それでなくともオイラは犬が苦手なんだから。して、そのギヨクエンなんとかといふのは何だ?」と小僧が尋ねると、
狛犬は「玉円峰ぢや。今は箱根山と呼ばれておるが昔は玉円峰と言つた」
「お前はその山のことを知つておるのか?」
「知つておる。ワシはこの辺のことは何でも知つておる。ワシはなあ、今でこそ、ここの狛犬ぢやが、もともとは人間ぢやつた。元禄の頃、そこの馬場で堀部安兵衛に斬られた村上庄左衛門のなれの果てがこのワシぢや。だから、昔のこともよく知つておる。その箱根山といふのは昔は玉円峰と言つてな、尾州家の殿様光友公が造られた山なのぢや・・・」

今回使用した画像は全て神楽小僧氏撮影です.

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