小僧は、それぞれの山車蔵で道を尋ねながら、ぐるつと一廻りして、最後に本町組の山車蔵に着いた。 |
|
「ほおー、ここの山車は背もあるし、彫物も豪華だし、なかなか貫禄があつて、いい山車だな」
「目の前の本町組のTシヤツを着てゐる兄さんも、自分たちの山車を今更ながら惚れ惚れと見入つてゐるやうだな」
「うんうん、分かる分かる」
「まてよ、この山車の前人形は、何だか怒つてゐるかのやうな、ひどくむつつりした顔をしてゐるが、誰かに似てゐるな、はて?誰だつたか」
「うーん、思ひ出せない」
「まあ、いいか」
さういえば、おなかが空いたな、昨日から何も食べてないもんな」 |
小僧は、ひととおり全ての山車を見ることが出来て幾分満足した途端、やおら空腹感を覚え、近くの喫茶店「チエルシー」に入つた。 |
|
「うーむ、今日は絶好の祭り日和だわい、よかつた、よかつた」
「それにしても少々暑くなつたな」 |
ほどなく注文したアイステイーと一切れのサンドイツチが出てきた。 |
|
「ん? モーニングサービスを注文したのに、これだけなの?」 |
それは小僧の勘違ひで、あとからハムエツグとトーストとサラダとヨーグルトが出てきた。 |
|
「これで450円か、うーん、安い、いわゆる名古屋の言葉で言ふ『お値打ち』といふやつだな」
「それに比べると東京は情けない、『モーニングサービス』自体滅びつつあるからな.いやあ満足満足」 |
てなことを小僧が独りごちてゐると、
「テケテンテンテンテン、テレツクテンテン・・・
ヒヤイトロ、ヒユーヒヤイ・・・ドンドコドンドン・・・」と、お囃子の音が外から聞こえてきた。
「おおつ、始まつた,始まつたあ・・・待つてましたよお!もうほんとに」
と、小僧はサンドイツチの残りを口いつぱいにほおばると、喜び勇んで店を出た。
すると後ろからウエイトレスの声
「お客さあ−ん、お勘定忘れてるよおお」
「そこの本町組の事務所にあとで請求しといてくだせええ〜」 |