内福寺地区の山車は、やや小振りな白木の知多型で、上山天井の棟札から、万延元年(1860)に建造されたことが判ります.
主要彫刻は岡部地区の山車と同様、立川和四郎富昌の門人中野甚右衛門重富によって彫られたものです.
かつては内福寺地区の氏神である八幡社祭礼に曳き出されていましたが、現在は祭礼に曳き出されることはなく休止中です.
(この山車の車輪は夏の花車に流用されてしまい、残念ながら曳く事も出来ない状態で倉に保管されています)(右写真)
また、山車の上山で演じられた「チャッパを叩く唐子と石橋獅子を舞う唐子」の2体の人形が保存されています.
壇箱「獅子に手鞠・力神」力神の背後に「上諏訪 立川和四郎富重 門人 上野間 中野甚右衛門 重富」とあります. |
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力神の裏にある墨書銘です..『信州上諏訪 立川和四郎 冨昌 門人』『上野間 中野甚右衛門重富』 | |
脇障子「武内宿弥」 |
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前山蟇股「鶴」 |
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前山蟇股「龍」 |
壇箱の裏側 文様の下書きだろうか. |