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岡田祭り〜奥組「風車」   


堂山柱の彫込み及び前壇裏の墨書により文久元年(1861)の建造と推定されます.
明治初期までは道路が狭く山車の仕組みは3組ともに「大門」前で行われていて,大門前まで山車を担いできたというので,
『くるくると 廻る車を 引きもせで えっさもっさと づるぞおかしき』
という狂歌が山車の柱に記されていたといいます.山車の部品の入った箱の両側に紐がついており,これに担ぎ棒を通して大門まで運んだそうです.
この山車の上山昇降は,せり上げ車(滑車)によらず人力で上下させる方法です.
山車彫刻詳細
からくり人形

水引幕
「茄子紺朱子に黄金龍のラメ張り」
追幕
「緋色羅紗地に牛若丸と天狗の刺繍」
岡田で追幕を飾るのはこの奥組のみです.

 雨除け
この山車の上山には,油障子で出来た雨よけの庇(ひさし)がついています.
また上山(屋形)の垂木は二軒吹寄垂木と呼ばれる型式です.

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