那古野神社、明治維新以前は名古屋城内三之丸の一角に鎮座し、城の総鎮守、城下町名古屋の氏神であった.
創建は古く延喜11年(911)という.徳川氏の名古屋城築城以前、つまり織田信秀(信長の父)の居城で那古野城と呼ばれる以前から鎮座した 亀尾天王社がその前身である.
江戸時代になると三の丸天王社と呼ばれ、『名古屋祭』といえばこの三の丸天王社の祭礼を指し、車楽(だんじり)2輛と見舞車十数輛が曳き出される壮大な祭りだったという.
那古野神社は『なごや神社』である.『なごの神社』ではない.
数え切れないほど読み間違いされて、その度に訂正するのが面倒になったのだろうか神社正面の提灯は何と『なごや』とフリガナ付きである.
名古屋市には那古野という地名があり、国際センターあたりが中村区那古野1丁目、その北側の四間道界隈や円頓寺商店街の一帯が西区那古野1丁目である.つまり中村区と西区に同じ那古野1丁目は存在するからややこしい.
さらにこの『那古野』は『なごの』と呼ぶのだからお間違えなきよう.
西区那古野2丁目には『那古野小学校』があるが、これも『なごの小学校』である.さらに近くに『市営那古野荘』、名古屋市交通局の『那古野車庫』があるが、無論これも『なごの』....
嘘か誠か、噂話ではあるが、那古野神社に電話をすると『はい、なごの神社です』と云うそうな(^_^;) |
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