このほど半田市上半田地区南組「福神車」が修復され、平成23年4月9・10日の「上半田ちんとろ祭」にお目見えします.
現在の福神車は明治45年(1911)に建造されたもので、新美常次郎(初代彫常)の彫刻とともに、天保13年(1842)に創建された先代の山車に使用されていた立川和四郎冨昌の壇箱「七福神」や立川常蔵昌敬の脇障子「崑崙坊人」が飾られています.
今回修復されたのは台輪、ゴマ隠し、置台輪、堂山柱、兜金等で、平台輪の先端は山口県小郡市の彫刻師有馬白匠要治師によって「龍頭」の彫刻が刻まれています. また台輪下部に連なるゴマ隠しには龍頭と一体化した「波」があしらわれています.
「上半田南組福神車の代表彫刻の中に脇障子崑崙坊人・壇箱七福神があります。先人の思いを感じ取れるとても大切な彫刻であります。この崑崙坊人と七福神が共に登場する神話が中国の西王母伝説です。
その西王母が住むとされているのが崑崙峡です。崑崙峡には八仙人が住み、崑崙坊人が守っているとされています。中国から八仙人が日本に伝わった時、縁起の良い数で七人になり七福神になったとされています。
八仙人・七福神ともに舟に乗った絵が多く描かれており、その舟は、必ずと言っていいほど船首が、龍頭になっております。崑崙坊人・七福神から感じ取れる先人の熱い思いを感じながら龍頭の宝舟をイメージして
このたび完成した木鼻型台輪となりました。お祭りは、五穀豊穣・無病息災の願いをこめて今に伝わっております。建造以来携わってこられた先人の方々、今携わっている人たちの熱い願いを込めた思いをこの龍頭の宝舟・福神車にのせて何百年・何千年と伝えたい、そのような思いで修復いたしました。」
台輪 |
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ゴマ隠し |
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台輪後部と兜金 |