尾張の山車まつりへ [三河の山車館][岡崎市矢作][西中の切]

岡崎市矢作〜西中の切   

天保10年(1839)の建造で、以前の山車が粗末なため現在の山車を新造したと伝えられます.
山車の彫刻は瀬川治助(重光か)と推定されます.
太平洋戦争末期に山車は胴や車輪などを戦災で焼失しましたが、山車彫刻等は額田郡の桜井寺に疎開させていましたため焼失を免れました.
戦後になって寄進により胴や車輪を新造し復活したのが現在の山車です.
 

壇箱「波に龍と力神」

前山鬼板

「楠公父子の別れ」
前山懸魚

「雲に鶴」
前山の四本柱は
「竹に虎」
 

Copyright(c) 1998-2004 nova OwarinoDashimatsuri All right reserved
尾張の山車まつりへ 先ほどのページに戻ります [三河の山車館]−[岡崎市矢作][西中の切]