東海の山車祭り

第2章 山車の起源(1/2)

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【難しい山車の定義】
 山車、曳山、だんじり、鉾、屋台、あるいはもっと簡単に、山、車など様々な呼び方がある。これらは、本来すこしずつ違うものをさした言葉であるが(第3章参照)、現在ではまったく区別されず、もっぱら地域的に使い分けられている。愛知県では「山車」、岐阜県の西濃地方では「(ひきやま)」、東濃地方では「だんじり」、飛騨地方では、「屋台」、三重県の北勢地方では「祭車」(主に石取祭車をさす言葉)、南勢地方では「だんじり」、伊賀地方では「楼車」と書いて「ろうしゃ」「だんじり」などと呼ばれている。この他、犬山祭の「車山(やま)」、津島天王祭の「車楽(だんじり)」など、特定の祭りのみで使われている名前もある。このため私なども調査の際、町ごとに使い分けないと話が通じないことが多く、気を使う。本稿では、一般的には「山車」と呼び、個別の祭りについては、「高山の屋台」「上野天神祭の楼車」というように使い分けた。

 ところで、ここまで何の説明もなく、「山車」と言ってきたが、いったいどういうものを差して山車と言うのだろうか。ここでは改めて考えてみたい。
 祭に使われる車輌で、人が乗って囃子を演奏し、人が引っ張って動かすものこれは、誰が見ても山車だろう。しかし、これを山車の定義にして良いかと言うと、そうも簡単にはいかない。日本の山車の原型である京都祇園祭の「山」は担ぎ山で、人が乗らないので前の定義には入らない。この他にも人が乗らない山車は結構ある。これでは都合が悪い。世間で山車と呼ばれるものには、実に色々な形態のものがあるようだ。
 本稿ではそうしたものの中で神社の祭礼に使われる山車、またはそれに準ずるものを対象としている。ここで、わざわざことわるのは、市民祭や商店街のイベント、メーデーにも、山車のようなものが出されるからである。

 その一方で神社の祭りに曳き出される車の中にも、木枠を組んだ程度の簡単な車に、太鼓を乗せたものがあって、これらも地元では山車と呼ばれている。三河地方には、このような太鼓車(チャラポコ)が多いが、これも立派な山車であると考える。ただし、本稿で「愛知県に400輌」などという中に、これらのものは入っていない。調査が難しく、しかも数が多く、数えだすと収拾がつかなくなるからである。
 また、さらにややこしいことに、このような簡単な太鼓台と、本格的な山車との中間ぐらいのものがたくさんある。

13 屋形 春日井市・六軒屋

14 しるし 上野市新町「白楽天」
 奥三河(北設楽郡)に多く見られる太鼓山車は、小型で、簡素なものが多いが、人が乗って囃子を演奏するから立派な山車である。

 北勢地方(三重県北部)に分布する石取祭車については、いろいろ意見が分かれる。石取祭車は小型の三輪の車で、背後に大きな太鼓を据える。桑名市街などには美術的に優れたものがあるが、一般的には簡素なものが多く、中には手作りの練習車などもある。愛知県の研究者は 、これを通常の山車とは区別して考える人もいる。しかし、「東海の山車文化」という観点から見る場合、三重県の山車の3分の2を占める石取祭車(写真14)を無視して、北勢地方には山車文化が育たなかった、と言うのでは実情と合わず、本稿では石取祭車も山車として取り上げる。この石取祭車は桑名に本拠を置く石取祭車研究會(注5)によって綿密な研究が行われている。

 尾張地方などには、神楽に使われる「屋形」(写真13)と呼ばれるものがある。これは、簡単な台の上に、神興の上部のような形をした豪華な屋形を置き、その背後に太鼓や獅子頭を置く。現在は車のついているものも多いが、本来は人がかついで移動したもので、山車とは分けて考えた方が良いだろう。

 この他、美濃祭や上野天神祭には、「ねり物」「しるし」(写真14)などと呼ばれる、造り物を乗せた小型の車が出る。中には山車といっても良い立派なものもあるが、地元では山車とは区別して考えている。

 私も、当初は山車を定義することを考えたが、すぐにそれは不可能だということが分かった。極端な話、自動車のシャーシの上に組んだものだろうが、リヤカーを改造したものだろうが、地元の人たちが山車だと思っているものは山車と認めるべきである。しかし、本稿で取り上げたのは、伝統的な手法で作られたもので、人が数人乗れる大きさ以上のものである。このような基準になったのは、本稿が江戸町人文化としての山車に特に注目しているためである。
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