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ハンド綱とは山車の運行の際、山車の揺れを少なくするためにつけられた
綱をいいます。
多くの場合、左右にそれぞれ一本づつ、水引のすぐ上、八枚虹梁の真ん中 に穴が空けられ、そこにつけられます。構造上、この部分は山車の 骨組みである堂山柱の梁の部分にあたり、山車の運行時に張られ、 特に方向転換する梶切りの時には重要な働きをします。また、 場合によっては曳き綱の補助としても使われます。 それでは、山車によっては付け形や本数の違い等もありますので 紹介していきましょう。 付け形としては、ハンド綱を山車の中に収納できるものです。 半田市亀崎の山車等にみられます。ハンド綱に対し穴が大きく、神社等 で山車が置かれる時は山車の中に巻き込まれ隠されます。また山車の 運行時には出して使うのです。この場合、水引幕が良く見えることが利点です。 これに対して、収納できないものがあります。半田市上半田等多くの 山車で見られます。この場合、ハンド綱には水引を保護するため 水引の当たる部分を布で覆います。これをハンド袴といいます。武豊町 長尾等では水引を良く見せるためでしょうか。山車の停車時にはハンド綱を 高欄の上に上げます。 半田市下半 田南組の護王車は八枚虹梁の部分が全面彫刻のため、 水引の下からハンド綱が伸びています。この旧車である美浜町布土上村の 護王車は四隅の堂山柱に付けられ計四本です。 綱の本数としては四本の山車があります。先の布土の例もありますが、 亀崎の山車の場合は前よりの八枚虹梁にも穴が ありハンド綱がついています。 半田市協和の山車は通常は二本ですが、坂上げの時には水引の下から左右 一本づつ出し、計四本にします。不安定な浜に下ろしたり、急な坂を 上げたりする山車には四本のハンド綱が付けられるようです。 古い小型の山車にはハンド綱は見られません。山車が大型化するに よって発達し、地域の曳き廻しの事情によって本数が増えていったと思われます。
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