尾張の山車まつりへ [知多の山車館]−[常滑祭り]

知多の山車館〜常滑祭り

04-03-27更新

常滑祭りとは知多半島の中西部、伊勢湾に面した常滑市、中でも旧常地区の山車祭りです。
 旧常とは古く常滑町だった地区です。知多半島の中でも最多の六輌の山車が曳きまわされる勇壮な山車祭りです。武豊町の長尾地区も六輌の山車が揃いますが神社に揃うだけで、曳きまわしは組ごとバラバラです。常滑は六輌揃って地区内を曳きまわします。
 曳きまわしも他の地区に比べ非常に長いです。地区内の隅から隅まで六輌揃って曳かれます。山車の曳きまわしが見たい方にとってはお薦めの山車祭りかも知れません。宵宮(山車に提灯をつけての夜の曳きまわし)は二日とも行われます。

常滑祭りの起源-その特殊性-
 常滑祭りは旧常地区の氏神神社である神明社と常石神社の例祭として行われます。起源は明治38年日露戦争で日本が勝った時、日本中で祝賀行事(提灯行列など)が行われました。
 常滑でも凱旋祭りと称した祭りが行われ、旧常六字から山車が出されました。これが常滑祭りの起源です。当時の山車は花車と呼ばれる簡単な山車や字の祭りの山車とかで現在のような立派な山車ではありませんでした。戦争の勝利といっても当然亡くなられた人々もいたわけです。その方々の霊を慰めるため慰霊祭が行われたのです。元々は白山招魂社(戦没者の慰霊施設)の山車祭りであったわけです。
 多くの山車祭りは氏神神社の祭りで豊作を祈るといったものですが、常滑祭は戦没者を慰霊する祭りです。古くから国を守るため戦争に行かれ亡くなられた人々の霊を「御英霊(ごえいれい)」といって尊んできましたが、御英霊に平和を感謝し、御霊の安らかを祈る。そんな思いが常滑祭りには込められているのです。詳しくは「尾張知多地方の山車祭-常滑祭の特殊性について-」をご覧ください。

常滑祭りの山車の特徴(約39Kb)

山車の紹介

保示・保楽車 市場・常磐車 山方・常山車 奥条・常石車 瀬木・世楽車 北条・神明車
保楽車彫刻 常磐車彫刻 常山車彫刻 常石車彫刻 世楽車彫刻 神明車彫刻


この常滑祭りの文章・解説は祭吉氏にご協力いただきました.
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