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亀崎潮干祭〜東組・宮本車   

この東組宮本車は,江戸時代の末期,元治元年(1864)の建造です.
宮本車の自慢の一つに,早瀬長兵衛作の堆朱の技法で「昇龍降龍」の彫刻をほどこした前棚4本柱があります.
応仁・文明の頃,当時の寺浦(現在の寺山)に来着した落武者により,荷車様のものに笹竹を立て巴の御紋章を附し,町内を曳き廻したのが宮本車の元祖であり,潮干祭の起源だとされています.
また,前棚人形の三番叟,上山人形の湯取神事,榊を車神とし梵天を用いないなど宮本車として他の4車と異なり,神社との深い繋がりを持つ山車です.
宮本車の山車彫刻1
宮本車の山車幕
宮本車の山車彫刻2
宮本車のからくり人形

鶴ヶ崎「玉車」

現宮本車の旧車で,文化年間(19世紀初め)に建造され,衣浦湾をはさんだ対岸の碧南市鶴ヶ崎に譲られました.随所に塗りが施され古い形式を残しています。堆朱の柱とか宝珠玉とか宮本車の旧車とわかる部分が多く残されています。



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